茶寮なか尾にて、設えと料理に心を奪われる

私の年齢になると、不思議と「欲しい」と思うものに出会う機会は少なくなる。
ところが先日、心を射抜かれるように欲しくなったものがあった。「組みひも」である。
男女それぞれのトイレの入り口に掛けられていた。山代温泉「茶寮なか尾」でのことである。
館内は隅々まで木を基調としたしつらえで、山中の木工品だろうか、天然木の香りがほんのり漂う。人工的な匂いはなく、すっと肩の力が抜けるような心地よさがある。

その入り口に掛けられていた「組みひも」。
金沢は水引で知られる土地で、組みひもの産地ではない。けれど、この見事な組みひもは水引の技術を生かしたものではなかろうか。あるいは「なか尾」のオリジナルかもしれない。次に伺ったときは、ぜひ主人に確かめてみたいと思う。
洗面所には麻布の掛け軸が掛かり、季節のほおずきが描かれていた。その清々しさに見入ってしまう。そして目を奪われたのは、軸を支える風鎮である。掛け軸と同じ布で誂えられており、品格とさりげなさが共存していた。こうした小さな部分にまで主人の趣味が光る。


「茶寮なか尾」では、料理もまた器と道具とが一体となって記憶に残る。
初めて訪れた折、お茶が「我谷盆」にのせて運ばれてきた。その頃憧れていたお盆であったから、ドキッとしたのを覚えている。料理ももちろん繊細で美しいが、ただ味を楽しむだけではなく、器や道具までもが物語の一部として寄り添っているのである。
たとえば、焼き物の器に映える季節の彩り。山から手折って来たと言う小枝と共に膳に並ぶ料理は、どれも派手さよりも落ち着きがあり、土地の豊かさを語りかけてくる。口に運べば滋味深く、目で見れば美しく、そして手に取る器に心が奪われる。そうした体験のすべてが「茶寮なか尾」での食事である。
ただ食べて満たされるのではない。
料理、器、道具、設え、そのすべてが揃ってこそ「茶寮なか尾」の時間は完成する。
だからこそ、あの組みひもひとつにまで、私は心を動かされたのだと思う。
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