なんじゃもんじゃの並木と耳納連山の春

福岡県八女町から吉井町までは、国道を使えばおよそ35kmほどの距離である。普通であれば1時間もかからぬ道のりであるが、この日は大渋滞に阻まれた。思うように車が進まず、しびれを切らして鳥栖まで戻り、高速道路に乗り直すことにした。大分自動車道は驚くほど空いており、気持ちよく走ることができたため、最終的には50分ほどで吉井町に到着した。

この地を訪れたのは、ある並木を見るためである。白壁の町並みで名高い吉井町には、今まさに満開を迎えようとしている「なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)」の並木がある。1本、2本のなんじゃもんじゃの木は、これまで各地で見かけたことがある。しかし、並木として整然と植えられた景観に出会うのは初めてである。
町の中心を横目に、その並木道を目指して車を進めた。人通りのない静かな道路沿いに、それはあった。白い小花が無数に咲きこぼれ、風にそよぐ姿は、まるで雪が枝先に降り積もったかのような美しさであった。
並木の隣には葡萄畑が広がっており、その向こうには耳納連山(みのうれんざん)が悠然と横たわる。自然の息遣いがそのまま、風景となって広がっていた。

この道は、かつて博多に暮らしていた頃、母の見舞いに大分へ通っていた折によく通った道である。葡萄畑、柿畑、そして耳納連山の風景に魅せられ、近くに土地を求めたこともある。それ以来、九州に来れば、ここまで足を延ばすのが常となっている。

吉井町の白壁の町並みは、雛人形の展示でも知られる。記憶の中には、柳川のような「さげもん」が吊るされていた風景がうっすらと残っている。私がこの町に足しげく通っていたのは、もう20年以上前のことである。さすがに町の様子は随分と変わっているはずだが、筑後川の流れと耳納連山の姿だけは、昔と少しも変わっていなかった。

さて、今回の訪問にはもう一つ目的があった。それは「鏝絵(こてえ)」である。左官職人が漆喰に鏝で描いた立体的な装飾画で、大分県内には約700件が確認されている。中でも安心院(あじむ)には約70件が集中しており、日出(ひじ)、山香(やまが)、院内(いんない)などの町々でも多く見られる。風景画、戦記物、屋号や縁起物まで、題材は多彩であり、彩色されたものもあれば、漆喰の白そのままのものもある。町を歩く楽しみのひとつとして、鏝絵を探す旅は味わい深い。


今回は時間の都合で国東(くにさき)半島までは足を延ばせなかったが、せめて吉井町に残る鏝絵を姪に見せたいと考え、再び町の中心部に戻った。しかし、見つけることができたのは数枚ほどであった。雛祭りもすでに終わっており、白壁の町は人影もまばらで、八女に比べてひっそりと静まり返っていた。活気が薄れ、やや寂れた印象も否めない。あの賑わいはもう戻らぬのだろうか。

それでも、耳納連山を望む町のたたずまいには、変わらぬ風情があった。時が流れても、風景が語りかけてくるものはある。鏝絵の数は減っても、そこに込められた職人の魂は、しっかりと町の壁に刻まれていた。

夕刻には日田の旅館まで向かわねばならなかったため、まだ日が残るうちに車を走らせた。
なんじゃもんじゃの並木の清らかさと、静かな町に残るわずかな鏝絵。春の午後、あの並木道を歩いた記憶は、旅の記憶として心に刻まれいる。

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