再診料という名の壁――かかりつけ医と血液検査に感じる違和感

病院に通うのが日常になった人は、誰もが一度は感じたことがあるのではないだろうか。
「結果を聞くだけで、また診察料がかかるのか?」
そう思いながらも、医師の言葉を聞きに再び足を運ぶ。わずか数分の説明のために、数時間と数百円が消えていく――。

今回は、日々の通院で感じたささやかな、しかし見過ごせない疑問について、書いてみた。

かかりつけのクリニックに通っていて、どうにも腑に落ちないことがある。内科では診察の多くが、血液検査の数値をもとに行われる。確かに、聴診器だけでは見えない体の変化を、血液や尿のデータが示してくれるのはありがたい。

定期的に通院している分には、それでも構わない。前回の検査結果が次に出るのが2か月後でも、深刻な兆候がない限り大きな問題にはならない。しかし、血液検査の結果がすぐ出なければ、対応が後手に回る。
ところが、すぐに検査結果が出る大病院には、自由に行けるわけではない。紹介状がなければ受診できず、紹介状をもらうために、またかかりつけ医を経由せねばならない。しかも、その紹介状も無料ではない。

先日、ある気になる症状があり、いつものかかりつけ医で血液検査を受けた。翌日、結果を聞きに行くと再診料が請求された。それは診察を受けたのだから仕方がないとは思う。
ただ、今回は通常の検査に加えて、有料で追加の検査項目もお願いしていた。ところがその追加分の結果は翌日には届かず、「結果が来たらご連絡します」とだけ伝えられた。
おそらく、その「連絡を受けて結果を聞きに行く」だけでも、再び再診料が発生するのであろう。診察室に入り、紙を一枚見せられて説明を受けるだけで、また費用がかかる。そして、そのために病院に3時間を費やすことになる。

血液や尿検査なしでは、医師の診断は成立しないことが多い。これはもう当然の流れかもしれない。しかし、通院のたびに再診料がかかり、それに検査費用が加わり、場合によっては交通費が必要となる。たとえ一割負担の後期高齢者医療制度を使っていても、その負担感は決して軽いものではない。

昨年までは、それほど頻繁に病院に行くこともなかった。だが、今年になってからは、通院が日常の一部になっている。健康のため、安心のためと分かっていても、費用と時間の積み重ねは次第に重たくのしかかってくる。
将来、通院にタクシーが必要になったとき、自分の生活はどうなるのだろう。今はまだマイカーで通えているが、その先を思うと、何とも心細い。
参議院選挙の番組で年金の少ない高齢者の現実が紹介された。80才代のひとり暮らしの現実だ。胸が詰まった。この方は健康の為にと定期検査に行く事すら不可能だろう。

再診料という小さな項目が、病院との距離を大きく感じさせる――そんな思いでこのブログを書いた。

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