圧倒的な迫力と美の世界――映画『国宝』鑑賞記

映画『国宝』を鑑賞してきた。三時間という長尺にもかかわらず、これほど物語にのめり込んだのは初めてである。歌舞伎の世界をこれほどまでに鮮烈に、そして深く描き出した作品はかつてなかったのではないか。
物語は、任侠の一門に生まれた喜久雄が十五歳で父を失い、天涯孤独となるところから幕を開ける。その天性に目を留めた上方歌舞伎の名門当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎界に身を投じることとなる。そして半二郎の息子・俊介と兄弟のように育ち、時には親友として、時にはライバルとして切磋琢磨していく。そのさなかに起きる一座を揺るがす大きな事件が、二人の運命を大きく変えていく。
本作は、繰り返される厳しい稽古風景や、『鷺娘』『道成寺』『曽根崎心中』といった古典演目が次々と映し出され、観る者に息を呑むほどの緊張感と美しさをもたらす。その華やかさと力強さは、これまで二度ほど体験した南座での顔見世興行をはるかに超え、歌舞伎の舞台そのものが目前に迫り来るかのような臨場感である。
主演の中沢亮と横浜流星は、まさにその場に生きる歌舞伎役者そのものにしか見えなかった。現実世界の俳優の名前が消え去り、完全に役に溶け込むその演技に、心から惜しみなく称賛したい。横浜流星は今年の『大河ドラマ』で初めてその存在を知り、吉沢亮は私にはほとんど無名に近い存在だった.
それが今日からは忘れられぬ俳優となった。その役への没入ぶりには「演技力が凄い」といった言葉では到底足りぬ感動があった。
また、衣装や舞台装置、所作の細やかさには終始目を奪われ通しであり、三時間が一瞬に思えるほどである。豪華衣装の早変わりには驚嘆し、指先まで神経の行き届いた動きは、緻密に計算された芸そのものであった。エンドロールが流れても座席に沈み込み、しばしその余韻に浸らざるをえなかった。
鑑賞後、近くでランチに寄った先に『国宝』のチラシが置かれていた。「旧琵琶湖ホテル」や守山の「成人病センター」が撮影に使われたと記されており、そのことすら嬉しく思えたほどである。そのくらい本作に惹き込まれていたということであろう。
映画『国宝』は、一度きりではなく再び味わいたいと思わせる傑作である。その美と物語に身を委ねたい人には是非とも観てほしい一作である。
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