レジ袋有料化から五年-私たちは本当に“エコ”になったのか

2020年7月、スーパーなどでレジ袋が有料化された。
あれから5年以上が経過したが、私の中にはいくつもの疑問が解決されないまま残っている。
制度導入の効果として、レジ袋使用量の劇的な削減(約50%減、約20万トン相当)、プラスチックごみ削減、温室効果ガス排出量の抑制、そして最も重要な国民のエコ意識向上やライフスタイルの変革(マイバッグ持参の定着など)が挙げられている。
果たして本当にそうなのだろうか。
いや、その前に、紙袋まで有料化してしまう店舗は「何をか言わんや」である。
滋賀県を代表するある菓子メーカーは、いち早く紙袋を有料化した。一方、北海道の菓子メーカー六花亭では、大きな袋に加え、土産用の小さな袋も人数分添えてくれる。
これはそれぞれの企業姿勢の違いであり、私の出る幕ではない。だが、正直に言えば、紙袋を有料化した店の菓子は買わなくなった。
最近では、環境に配慮した選択肢の一つとして「燃やせる」と表示されたレジ袋を無料で提供するスーパーも見かけるようになった。主に石油由来のポリエチレン(PE)で作られたものであるという。
また、かつてスーパーのレジ袋は家庭で生ごみ袋として再利用されていた。その袋がなくなった結果、売り場に設置されている薄いビニール袋を、くるくると巻き取っていく人の姿を見かけるようになった。結局、ごみ袋は必要なのだ。
こうした光景を見るにつけ、スーパーのレジ袋を有料化したところで、世の中に出回るビニール袋が劇的に減ったとは到底思えない。
私自身、買い物は確実に不自由になった。
いくつものエコバッグを持ってはいるが、それを持参し忘れれば、有料レジ袋を買わねばならない。私は未だに一度たりとも買ったことがない。買えば、この制度に「負けた」ような気がするからだ。
つまり私は、この制度に賛成しかねているのである。
エコバッグもまた、製造過程では相応のCO₂を排出する。
また、エコバッグは何回以上使えば元が取れるのか(数十回〜数百回)という議論もある。
生ごみ用には、スーパーの薄くて今にも破れそうなビニール袋が今も必要とされている。
さらに、エコバッグの衛生面も気になる。私自身、明らかに汚れたと自覚しない限り、洗濯を怠っていた。
京都で小売業に携わっていた姪は、客が持参するエコバッグの不潔さが気になり、そこへ食品を入れることに強い抵抗を感じていたという。その話は、今も耳に残っている。
私は、今後「燃やせるポリエチレン袋」が適切に普及することを願っている。
確かに地球温暖化は防がねばならない。昨今の異常気象がそれと関係しているのなら、なおさらだ。
しかし、レジ袋以上に問題のある分野が、他に山ほどあるのではないだろうか。
レジ袋が有料化されて5年以上が経つが、これは「効果が小さすぎる政策」だったのではないか。
私は、レジ袋を一律に有料化するという、あまりにも単純な方法が最善だったとは思えない。
では、どうすべきなのか。
例えば、無料配布を続ける代わりに、厚みや素材を限定する。
生ごみ袋として再利用できる強度を持たせ、「使い捨て」ではなく「家庭内で役割を終える袋」として位置づける。
あるいは、一定回数以上のマイバッグ持参者には還元を行うなど、「罰」ではなく「選択」を促す仕組みも考えられたはずだ。
また、排出量の大きい分野――過剰包装、短期間で廃棄される製品、回収されないプラスチック資材――にこそ、より厳しい目を向けるべきではないだろうか。
生活の末端にいる消費者だけに不便を強いるやり方は、エコ意識の向上ではなく、エコ疲れを生むだけである。
環境を守るという大義に異論はない。
しかし、それは「我慢」や「不自由」を積み重ねることと、必ずしも同義ではないはずだ。
私たちの暮らしに即し、無理なく、納得できる形で続けられること。
その視点を欠いた政策は、どれほど立派な理念を掲げても、やがて形骸化する。
レジ袋有料化から5年。
今こそ一度立ち止まり、「本当に効果のある環境対策とは何か」を、生活者の足元から見直す時ではないだろうか。
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