一か月、平岩弓枝を読み続けて気づいたこと

一か月間、平岩弓枝の小説を読み続けた。
はじめの方こそ面白く、品があり、昭和の匂いのする背景にぞくぞくしたものである。
数冊読み終える頃、私の中に「何か違う」と感じるものが芽生えた。
そのうち、小説のタイトルを見ても内容を思い出せなくなった。どの話も、似たり寄ったりなのである。
しかし一番困ったのは、この本をベッドの中で読むと目が冴えてしまうことだった。
途中で投げるのは嫌だから、早く読了しようと思えば数時間。結局眠れないままに明け方まで読んでしまう。
どうして読後の気持ちがすっきりしないのか。
昨日の夜、「女のそろばん」を読みながら、はたと気が付いた。
平岩弓枝の小説は、韓国ドラマにそっくりなのだ。
どの本も主人公は高級社会の住民である。
私のあずかり知らぬ世界の知識が、少しずつ増えていく。
けれど、その社会は常に人の目にさらされ、比較され、評価される。
誰が上で、誰が下か。
誰が愛され、誰が取り残されるか。
復讐と嫉妬が、執拗に絡みついてくる。
そこでは、気が休まらない。
間違えれば裁かれ、黙っていても疑われる。
誰かの幸せの裏に、必ず誰かの不幸が控えている。
私はどうやら、そういう世界に長く身を置くのが苦手らしい。
刺激はあるが、逃げ場がない。
読み進めるほどに、胸の中が重くなっていった。
2、3冊でやめておけば良かったのに、買い込んだ分を読んでしまいたいと思ったがために、しばらく重苦しさを抱え込むことになった。
そこで、帚木蓬生の本を並行して読み始めた。
すると、不思議なことに、息ができるようになった。
人が人として扱われる世界に戻ってきた、そんな気がした。
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