『エンブリオ』—神の領域に踏み込む医療と人間の倫理

帚木蓬生の『エンブリオ』は、これまで読んできた帚木作品とは明らかに異なる印象を受けた一冊だった。
これまでの作品が人の精神や正義感を描く「神の側の物語」だとするならば、本作は人間の欲望や逸脱を描いた「悪魔の物語」とも言える。

「エンブリオ」という言葉はあまり聞き慣れないが、生物学的には「胚(はい)」を意味し、人間では受精からおよそ8週間までの段階を指す。それ以降は「胎児」と呼ばれる。

物語は、人工授精や胎児培養といった最先端医療にのめり込む一人の医師・岸川を中心に展開される。
彼は、人為的に流産させた胚を培養し、臓器移植へと応用するという倫理的に極めて問題のある医療行為に傾倒していく。
舞台となるサンビーチ病院の地下2階には、「ファーム」と呼ばれる研究施設が存在する。そこでは人工子宮の研究や、胎児由来の臓器の培養・凍結保存といった、常識では考え難い実験が行われている。

一見すると荒唐無稽な設定に思えるが、岸川が学会で「男性妊娠の可能性についいて」発表すれば革新的と世界を驚かせ、称賛される。完全な空想とも言い切れないところにこの作品の不気味さがある。

かつて「野菜を工場で作る時代が来る」と聞いたとき、多くの人は半信半疑だったはずだ。土や太陽なしに植物が育つとは考えにくかった。しかし現在では植物工場において、レタスやほうれん草などが安定的に生産されている。
その現実を踏まえると、本作で描かれる「人間の誕生すら人工的に管理される未来」も、決して完全な空想とは思えなくなってくる。

現代は、わずか半年でも価値観が大きく変わる時代である。少子高齢化が進み、若年人口が減少し続ける社会において、やがて「子どもを産み育てる主体が国家になる」という発想すら現実味を帯びてくるのではないか。
どこか底知れぬ恐ろしさを感じさせる。
もしそうなれば、人間の存在そのものが制度や効率の中に組み込まれていくことになる。

『エンブリオ』は、医療の進歩がもたらす光と闇、そして人間の倫理の限界を突きつける作品であった。

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