手の記憶が残る道具

湯布院の町をぶらぶら歩いていると、小さな看板がふと目に入った。
観光客で賑わう湯布院の本通りから、ほんの少し外れた場所だった。
木立の中に控えめに立っていて、見落としてしまいそうなほどである。

何となく気になって、そのまま足を向けた。
それが、大分県湯布院にある「アトリエときデザイン研究所」との最初の出会いだった。

主宰の時松辰夫さんがお元気な頃、私はこの場所にずいぶん入り浸っていた。
もう二十年、三十年ほど前のことである。

ここはよくある湯布院の土産物屋ではない。
木工の工房で、並んでいる作品のほとんどは食器や食卓まわりの道具たちである。

どれも手に取るとしっくりくる。
持ちやすく、使いやすい大きさに作られている。
女性の手のサイズまで考えられているのではないかと、私はいつも思っていた。

福岡から何度も通ううちに、気がつけば食器から調理道具まで一通り揃ってしまった。

そして2021年、主宰の時松辰夫さんが亡くなられてからは、しばらく足が遠のいている。

いま私の手元にある皿は、すべて時松さんのものだ。
そして大小のお玉やフライ返しは、いまも毎日使っている。
長く使ううちに手に馴染み、むしろ年々使いやすくなっているように思う。

私は昔から、作り手の顔が見えるものが好きである。
skogを営んでいた頃も、気になる作家さんがいれば、できるだけ工房を訪ねるようにしていた。
店に並ぶ作品だけでは分からないものが、工房には必ずあるからだ。

工房の空気には、その人の人となりが自然と表れる。
ものを作る人の姿勢は、作品に正直に現れるものだと思っている。
作品だけが素晴らしいということは、あまりない。
作品とは、その人そのものなのである。

私の手元にある道具を作ってくれた作家さんの中にも、すでに鬼籍に入られた方が何人かいる。

それでも、その人たちの作った道具は、今日も私の台所で働き続けている。
味噌汁をよそう時も、炒め物を返す時も、私は何気なくその道具を手に取っている。
皿も、お玉も、フライ返しも、何気ない日々の中で、当たり前のように手に取られる。
作り手の姿はもう見えない。
けれど、その人の手の記憶のようなものは、道具の中に残っている。

そう思うと、
後に残るものを作る人の人生というのは、
やはり少しだけ羨ましく思えるのである。

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