三十年使った銅の鍋と、文旦ジャム

この銅の鍋を買ってから、もう三十年になる。
まだ体力に余裕があった50代の頃、京都のデパートで開かれる展示会の会場を覗くのが好きだった。
毎年のジャム作りに欠かせない、寺山光廣さんの銅の鍋もその頃に買ったものだ。

一度修理をお願いしたことがあり、その時の記事が寺山さんのBlogに載っていた。
タイトルは
「20年程前の大胆なデザイン・・両手鍋 No.1700」
確かにかなり大胆なデザインだ。
けれど、あまり見かけない形が気に入り、思い切って買った記憶がある。
作家の手元には No.1700 として記録が残されていたらしい。
寺山さんのBlogにはこう書かれている。
この両手鍋は1996年の制作。京都の展示会でお買い上げいただいたものです。
真上から見ると丸いのですが、底はいくらか楕円形。縁の幅と高さに変化を持たせています。
浅いものですので、持ち手は縁の上に、ちょっと複雑な曲線を描いています。
なかなか大胆なデザイン。今ならどんな風に作るだろうかと想像しながら、修理しました。
購入してから、もう三十年が経つ。
最近また少しくすんできた。
修理に出せば、この先五十年は使えるだろう。
五十年後、私はもういない。
その頃には、この鍋を修理してくれる人もいないかもしれない。
それでも、この鍋はまだどこかで使われているだろうか。
誰かが台所に立ち、果物を煮て、甘い香りを立てているかもしれない。
そんなことを思いながら、今日もこの鍋で文旦ジャムを作っている。
鍋は、三十年前と同じ色で湯気を立てている。
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