夏光の恐山、幽界のささやき

もう数十年も前、神霊番組が盛んだった頃、青森県下北半島の中心にある恐山の「イタコ」による口寄せで、死者と交信できると伝えられていて、強く興味を惹かれたことがある。
恐山という名前の響きに、若い頃の私は近寄れなかった。しかし数年前、好奇心に駆られて、とうとう現地を訪れることにした。

真夏の太陽が照りつける熱気の中、眼前にはあっけらかんとした賽の河原が広がっていた。岩や礫の間を流れる清冽な小川のせせらぎや、遠くから聞こえる風の音に、以前抱いた恐怖感は影を潜め、むしろ観光化された風景に見入ったものだ。

くすぶる土地には、噴煙の跡のように黒ずんだ土や岩が点在し「重罪地獄」と名付けられている。地獄の名前を目にしても、そこに家族と交信できるような神秘的な気配は感じられなかった。安心感と失望感が交錯し、内心はがっかりしていた。


それでも、背筋が寒くなる光景があった。賽の河原に無数に立てられた「かぜぐるま」である。
風が吹くたびにカラカラと音を立てて回り、鮮やかな色が揺れるたび、妙な存在感を放っている。
ここではどこか異質で、まるでかざぐるま自体が土地の記憶を映しているかのようだった。

歩を進めるたびに、岩の隙間から湯気が立ち上る温泉の匂いが鼻をかすめ、地面の熱が足裏をじんわりと刺激する。遠くの山々は青空に映え、清々しい空気の中にひっそりと地獄の名前が刻まれている。夏の光と影のコントラストが、恐山の静謐さと神秘性をより際立たせていた。

あの風景は、訪れた者だけが味わえる不思議な感覚だ。夏になると、あの賽の河原のかざぐるまと、くすぶる土地の匂いと音を思い出す。
恐山には、やはり何か特別なものがあるのだろうか、と感じさせられるかざぐるまだった。
あの不思議な気分は、今でも心のどこかに残っている。
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