宮本 輝著-潮音 ― 富山の薬売りが動かした明治維新

宮本輝の『潮音』は全四巻からなる大河小説である。読みごたえは途方もなく、どれだけページを重ねても物語は終わらない。十年の歳月をかけて生まれた作品であることが、ひしひしと伝わってくる。
読み始めたきっかけは、最終巻の「あとがき」であった。その数ページに漂う余韻が心をつかみ、物語へと導かれたのである。
舞台は幕末。薩摩藩と越中富山の薬売りが密かに手を組み、清国との貿易で莫大な利益を得る。その資金で薩摩は最新の武器を手にし、やがて幕府を倒す力を備えた。
薬売りが歴史の裏側に深く関わっていたと知ったときの驚きは大きかった。子どもの頃、行商の薬売りを見かけた記憶があり、さらに富山で暮らした経験がある。自転車で広貫堂の前を通り、八尾の街や岩瀬の港を訪れたこともある。だからこそ、物語に出てくる地名が懐かしく響き、薬売りの歩いた道筋も自然と想像できたのである。京都や鹿児島の風景までも、旅の記憶の延長としてまぶたの裏に浮かんでくる。
この小説からもうひとつ学んだことがある。富山が昆布消費日本一である理由である。昆布といえば北海道を思い浮かべるが、清国では干し昆布が風土病に効く薬として求められていた。その干し昆布は、北前船が北海道から富山へと運び、富山の廻船問屋が薩摩へ届け、そこから清国へ渡ったのである。
先日、黒部の昆布専門店に立ち寄ったとき、「なぜ富山で昆布なのか」という素朴な疑問を抱いた。その答えがこの小説の中にあったと気づいたとき、嬉しさと同時に歴史の不思議さをしみじみと思った。もし清国に風土病がなかったなら、明治維新は果たしてどうなっていたのだろうか。そんな想像すら浪漫である。
富山の薬売りの健脚と、全国を巡る情報網。それが国を動かしたのだとすれば、なんと胸の高鳴る歴史であろうか。
『潮音』は、壮大な物語であると同時に、日常の延長に歴史が息づいていることを思い出させてくれる一冊である。旅の記憶や身近な風景と重ね合わせながら読むと、物語はさらに鮮やかに立ち上がってくるのである。
署名の「潮音」とはどんな音であるか、本書の中で見つけて欲しい。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。











この記事へのコメントはありません。