80歳、まだ風呂敷は畳めない

太平洋戦争の終わりごろに生まれた同級生たちも、気がつけば80年。
「昭和100年」のうち8割を生き抜いてきたわけで、そりゃあ腰や膝もガタがくる。
でも、「明日は分からない」と言いながら生きる姿は、まだまだエネルギッシュだ。

こんなインテリアの部屋に住み、部屋にはいつも生花を飾ります。雑誌の世界では羨ましくなるモデルルームの写真が掲載される。
「へぇー」と横目をやり、背中を伸ばす。
花くらいなら真似できるか、と飾ってみる。これは迷惑をかけない挑戦である。

しかし私たちの世代、ただ部屋で花を眺めて終わりにはできない。
気づけばお節介を焼き、お節介を焼かれ、誰かと一緒に生きている。
人付き合いをなくせば気楽かもしれないが、生きがいもなくなる。
困ったことに、どっちみち一人では完結しない生き物なのだ。

五年もすれば環境は変わる。
風呂敷を包む時期だ、なんて言いつつ、私はまだ広げっぱなし。
まあそのうち幕が落ちれば、勝手に消えるだろう。
むしろその瞬間を思うと、少しワクワクする。

八十歳になったところで、欲もほどほど。
叶えられそうな欲だけを選んで満足できるのだから、案外いい年頃だ。
「もう年だから」と言ったことはないが、「もうどうにでもなれ」と笑える境地には来ている。

というわけで、私の風呂敷は今日も広げたまま。
畳むのは性に合わない。
幕が落ちるまで、このまま気楽に広げておこうと思う。

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