迷っている間に値上げされる日々

買い物中に「今、買わなくても…」と思うことはありませんか。
私はそういうことが多々ある。少し時間をおいて、それでも欲しいと思えば買えばいい。そうでなければ我が家の財政は破綻しかねない。
けれど今は事情が違う。見合わせている間に、気がつけば値段が三割ほど上がっている。玉子なんて五割も跳ね上がった。元が安かったからその時は大騒ぎにならなかったけれど、その後に続いた食料品の高騰に、一万円札の重みがすっかり薄れてしまった。
先日1480円の食品をオーダーした。すると帰ってきた答えは「HPは去年の価格です。今年は1800円になりました。」電話の向こうでそう答える人の声が遠のいて行った。
値段を見てはつい手を引く。販売する側も苦しいだろう。強気の価格を設定しても、客足が遠のけば元も子もない。悪い傾斜を転がるように、全体がじりじり重く沈んでいる感覚がある。
私はこの物価高の中で学んだ。これまでの「様子を見てから買う」やり方はもう通じない。欲しいと思ったら即決即断しなければならない。明日にはまた値が上がっているのだから。
しかし、この頃の物価高、何か変だ。
米価もじわじわ上がりつつあり、小麦や飼料、エネルギーの高騰と重なれば、暮らし全体に影響する。値上げするのは簡単だが、それで顧客は離れないのか。それを思うと、個人経営では価格転嫁にためらいが出るだろう。
ニュースでは「物価に見合うように給料を上げる」と聞く。けれど現実に上げられるのは、含み資産を持つ大企業や利益を伸ばしている一部の業界に限られる。年金生活者にはまるで関係がない。
一方で、最近は株価が過去最高水準を示している。年金の運営も巨額の運用益を出しているはずだが、還元の話は聞こえてこない。かつて地方に巨額の交付金をばらまいたことへの反省かもしれないが、そろそろ根本的に見直す時期に来ているのではないか。
財布の中身とにらめっこしながら買い物をするのは、いつの時代も同じだった。だが今は、迷う時間すら贅沢に思えてしまう。そんな暮らしを強いられていることに、ため息が出る。
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