八月の鯨を想う、姪との暮らし

静かな海辺に寄り添うように生きる姉妹を描いた映画 八月の鯨。
その姿に重ねて、娘は私と姪の暮らしをまるで「 八月の鯨 」の姉妹のようだ。と言った。
姪と私の同居生活も、気づけば七か月を超えている。

姪の夫は、実は私たち夫婦が紹介した人だった。
残念ながら彼は昨年末、思いがけず急逝した。けれども姪の表情を見ていると、二人の時間は確かに幸せな結婚生活だったのだと信じられる。

私は、彼女に「私のそばにいて欲しい」という強い願いがあった。
今、こうして共に暮らすことが、きっとお互いにとって必要な時間なのだろう。

奥さんには「優しい人がいい」と世間ではよく言われるけれど、私は長い間その“優しさ”の定義が分からなかった。
ところが姪と暮らして、ようやく分かったような気がする。

気がつけば、彼女はいつも風のようにふわりとそばにいてくれる。
決して押しつけがましくなく、けれど一人にしない。控えめで無口な性格なのに、不思議なほど寄り添う力があるのだ。その存在にどれほど救われているか。

映画 八月の鯨 にこんなセリフがある。

「人生の半分はトラブルで、あとの半分はそれを乗り越えるためにある。」

病気、人間関係、仕事の失敗、思いがけない別れ――人生に困難はつきものだ。けれどそのもう半分は、それをどう受けとめ、どう超えていくかにある。
困難を克服する過程こそが、人の成長や喜びにつながっていく。

娘が映画の姉妹のようだと言ったとき、私はこのセリフを思い出した。
きっと今、姪と私が共に過ごすこの時間は「寄り添いながら、半分を乗り越えていく」ためのものなのだろう。

ふわりと寄り添ってくれる人がいる。その心地よさに支えられながら、今日も暮らしている。

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