軒先の柿と、ひとつの日常

干し柿が完成するのは、吊るしてからおよそ二週間ほどが目安である。
台所の窓から見える市田柿も、ようやくいい色に仕上がってきた。
昨年は気温が高すぎて、干すそばから熟してしまうような状態だった。長く吊るしておくと、そのまま落ちてしまいそうで早々に取り込んだものの、どうにも仕上がりに不満が残った。
その反省から、今年は干し始めを5日ほど遅らせてみた。干してすぐの二日ほどは高温の日が続いたが、その後は急激に気温が下がり、ぐっと冷え込む日が続いた。そのおかげか、一週間も経つと柿は段々と干し柿らしく締まり、手で軽く揉むと白い粉を吹くほどに成長した。農家の方によれば、鮮やかなオレンジ色をした羊羹のような「ころ柿」になるという。
白い粉はブドウ糖の結晶で、水分が抜ける過程で揉むことにより、内部に残る水分と糖分が浮き出て結晶化したものらしい。理屈は分かっていても、そう簡単には粉を吹かせられぬのが素人仕事である。それでも眺めるたびに、今年の柿は実に美しく仕上がっている。
試しに一つ食べてみたら、近年にない上出来であった。明日あたりには取り込み作業に入れるかもしれない。

時間差を狙って、昨日はまた蜂屋柿と江戸柿を吊るした。どうやら家人は食べること以上に、柿を剥き、縄に掛け、軒先へ並べていく作業そのものが好きなのではないか。どうも、自宅消費よりも外消費の方が多ようにも思えるが。

勝手口を開けて作業していると、通りがかった人が「絵になりますねぇ」と家人に声をかけていた。干し柿が風に揺れるだけの、なんでもない日常の景色である。けれど、こうした季節の手仕事が家の前にあるだけで、心が少し満たされる。
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