母の待つ里ー浅田次郎著

浅田次郎の『母の待つ里』をNHK BSで視聴した際、久しぶりに浅田作品の世界に引き込まれた。
最近は彼の本から離れていたが、視聴していると、涙袋がいつのまにかいっぱいになっていた。
誰かに話したくなったけれど話すのも惜しくて一人で視聴した。
そして、見た後にすぐ本を購入したことは、私にとって初めての経験であった。

浅田次郎の作品には、現実と幻想が交錯する独特の世界観が頻繁に登場する。非現実的でありながら、その表現は小説という媒体だからこそ可能なものである。そして、その奥深さに惹かれ、知らずのうちに涙がこぼれる。

「母の待つ里」は東京で人がうらやむほど成功している人たちが、それぞれ人に言えない孤独を抱えて、「母の待つ里」に帰って来る、そこで一夜を親子で過ごす話である。
母役の宮本信子の演技に痺れた。
設定されたのは、岩手県遠野市の曲谷が故郷の家である。
母の名前は「ちよ」
ちよはこの不思議な里に子供が帰ってくると、暖かいこれ以上暖かい母がいるものかと思わせる愛情で大きな子供をくるんでしまう。
そして、孤独な子供たちに「人の体温」というものを感じさせる。

宮本の使う方言が素晴らしい。小説の中に書かれた方言をなぞっても、こうは上手に話せない。
背中を丸めた母は、子供の好きだったものをいろり料理で次々に拵えては喜ばせる。
風呂は五右衛門風呂に薪をくべて、子供の体を温める。
どこか不思議な空気をまとう土地の雰囲気が、あり得ない故郷を作ってしまう。
それからの話を書いてしまうのは申し訳ない。

浅田次郎の作品には、現実と幻想が交差し、温かさと切なさが同居する独特の世界観がある。『母の待つ里』もまた、そんな心の深い部分を打つ作品である。みんなが帰った「母の待つ里」は、どこか懐かしい、不思議な温もりに満ちている。
まだ読んでいない方、故郷に帰りたい方は、ぜひこの物語を手に取って、その世界に浸っていただきたい。

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