遠回りの果てに──中札内からチミケップへ

中札内美術村からチミケップ湖へ向かう道すがら、
まっすぐ走れば2時間ほどで着くところを、少し遠回りして置戸町を経由するコースを取った。
置戸まではおよそ170km。予定では2時間の走行である。

途中、「道の駅あしょろ銀河ホール21」で休憩を取った。


足寄はご存じ、松山千春の故郷である。館内には「松山千春コーナー」が設けられ、ステージ衣装やレコードジャケットの展示など、彼の歩みをたどることができる。
地元でのど自慢大会を開催するなど、今も地域とのつながりを大切にしている様子であった。

そして見逃せないのが「ふるさと銀河線情報展示コーナー」である。

旧国鉄ちほく線の廃止に伴い、地域の声によって第三セクターとして運営された北海道ちほく高原鉄道「ふるさと銀河線」。
95年の歴史を持つこの鉄道の記憶を伝えるため、ホームや線路、列車が再現されており、かつての息づかいをそのまま感じ取れる空間であった。

足寄から北へ1時間ほど走り、ようやく置戸町に到着。
この地名は今回の旅まで馴染みがなかったが、チミケップ湖へ向かう途中に木工の町があると知り、寄り道コースを決めた。
あたり一帯は深い森に囲まれ、木工に関する施設が点在している。
なかでも心惹かれたのが「オケクラフト」である。


写真を見返すと、その日は抜けるような青空が広がっていた。
10月とは思えぬほど穏やかな陽気の中を旅できたことが嬉しい。
展示されていたのは大きな家具ではなく、器やカトラリーが中心。
手に取ればどれも温もりのある柔らかな肌触りで、木の息づかいが伝わってくる。
陶器のようなフォルムを持ちながらも軽く、使うほどに愛着の湧く品ばかりであった。

置戸町を後にし、チミケップ湖を目指す途中、広大なひまわり畑に出会った。

そこを過ぎてから、旅の小さな悲劇が始まった。
カーナビによれば、訓子府町から南に折れれば40分ほどで到着するとのこと。
ただ、チミケップへの道には通行止めの区間があると知ってはいた。
しばらく進むと案の定、「チミケップ 通行止め」の看板が現れた。
だがナビはその脇の道を示している。信じて進むと、残り10分の地点で道が途切れた。まさか、である。

電波も届かずスマホナビは役立たない。やむなく通行止めの地点まで引き返したものの、やはり進むことはできない。
思案の末、ホテルに電話を入れると、「北見経由で来るしかない」とのこと。
結局、大きく迂回することになった。

北見へ向かう途中、東の空から月が昇り始めた。


「チミケップ」と書かれた標識を頼りに細道へ入ると、そこは地図にも載らぬような砂利道。

真っ暗な森の中をくねくねと進み、ようやくホテルの灯が見えたときには、日はすっかり落ちていた。
予定より一時間遅れの到着である。

後日、旭川の友人にこの話をすると、
「そもそもチミケップに“道路”があるのか」と心配していたという。
どうやら、そう言われるほどの悪路だったらしい。

思えば、最後の瞬間がいちばん疲れる一日であった。
けれども、旅とは往々にして、こうした思いが記憶に残るものである。

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