確定申告の季節に、医療費の領収書の山を前に思うこと

1月も終わりに近づく頃になると、気持ちの中にドォーンとのしかかってくるのが確定申告である。

まずは嵩張る医療費の領収書の整理から始めた。この紙の枚数を見て、これだけクリニックに足を運んだのだと思うと、我ながら驚いてしまう。
1年365日のうち、かなりの頻度で通院していた計算になる。
「高齢者の医療費が高すぎて、保険制度が崩壊しそうだ」と言われれば、肩をすくめるしかない気持ちになる。
2か月に一度のクリニック、半年に一度のクリニック、1年に一度のクリニック。
それだけ聞けば、ずいぶんスッキリした通院状況のように思える。
けれど、昨年は膝を痛めたことで、整形外科のクリニックに通っただけでも全部で6か所になった。
若い頃なら気にも留めなかった動作が、膝の痛みひとつでこれほど慎重になるものかと、身をもって知ることになった。
半年で6か所と聞けば、呆れられるかもしれない。
だが、自分自身が納得しなければ、治療にも前向きになれなかったのだから仕方がない。
それができたのも、日本のしっかりした保険制度に大いに助けられているからだ。
病気とはほとんど無縁だった若い頃から、保険料はきちんと納めてきた。
だからこそ、今こうしてその恩恵を受けているのだと思うし、感謝もしている。
それでも、昨今の風潮の中では、どこか肩身の狭さを感じてしまう。
団塊の世代と呼ばれる私たちは、日本の成長に目いっぱい貢献してきたという自負がある。
しかし最近は、高齢者医療保険の見直しや、現役世代の保険料軽減が盛んに叫ばれている。
すでに現役を退いた身としては、どうすることもできないのが現実だ。
背中にうすら寒さを感じながら、領収書の山を前にため息をつく。
自分にかかった医療費の多さに呆れつつも、高齢者の医療費負担だけが目の敵にされている現状には、やはり異議を感じてしまう。
そんな複雑な思いを抱えながら、今日もまた領収書を一枚ずつ束ねている。
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