透明人間になってみた

数時間だけ、透明人間になった。

――と言っても、科学の力でも魔法でもない。娘の一言がきっかけだ。

最近のパソコンやスマホは、やたらと賢い。「これ一つで全部できます」みたいな顔をしている。
そのたびに私は「ふうーん、便利そう」と思う。思うだけで終わる。

なぜなら、そこから先が長い。
説明を読んで、理解して、試して、失敗して、「あれ?」となって、また戻る。
この一連の流れを、娘は5分でやる。私は軽く1時間はかかる。

「時間がないのよ」と言うと、娘は即答する。
「それ、逃げでしょ」

ーーいやいやいや。逃げじゃない。これは現実だ。

主婦の時間は細切れである。
食事の準備をしながら電話に出ることもある。合間に何かを調べようとすると、なぜか呼ばれる。
私は常に“途中の人”だ。

せめて三時間。
三時間あれば、ひとつくらいちゃんと終わるのに。

そう訴えたら、娘が言った。
「じゃあ透明人間になれば?」

その発想、気に入った。

そう、私は自分の部屋を持っていない。
家族はそれぞれ自室にこもっているのに、私の持ち場は居間のテーブル。
つまり私は常に「見える存在」なのだ。見える=声をかけられる。

ならば――消えるしかない。

どろん。

透明人間、完成。

誰にも気づかれない。話しかけられない。用事も増えない。
なんという快適さ。これはもう革命である。

その結果どうなったかというと、
ひとつ、ずっと後回しにしていたことが、あっさり終わった。

できるじゃない、私。

どうやら私は「時間がない人」ではなく、
「ちょこちょこ邪魔が入る人」だったらしい。

これから、ときどき透明人間になろう。

完全に消えるわけではない。
ただ、ちょっとだけ反応を遅らせたり、聞こえないふりをしたりするだけだ。

今日もどこかで、私は静かに消えている。

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