かしわと呼ぶか、とりにくと呼ぶか――炭火の前で論争すべし

二日続きの雨の朝となった。普段は朝から庭に出る家人も、さすがに今日ばかりは庭仕事を休むらしい。
そんな中、買い物に出かけようとする私に「今日は炭火でかしわを焼こうか」と言い出した。

夕食の献立を練り直すことになるかと一瞬迷ったものの、家人が料理番となるのはありがたい展開である。「はい、そうしましょう」と即答するのは当然のこと、これで私は一日お客でいられるわけである。

一昨年、和歌山旅行の折に備長炭の里に寄り、一箱買った炭が倉庫に眠っていた。それを探し出したらしい。準備する気満々かと思いきや、下ごしらえには手を出さぬ。とにかく焼きたいだけなのである。

そういえば最近、鶏肉を「かしわ」と呼ぶことが話題に上ったばかりであった。私と娘は「とりにく」、家人と姪は「かしわ」という。この呼び方、京都では通称らしい。姪は半世紀以上を京都で過ごしたから京風に染まったのであろうし、家人にいたっては生粋の京男なのである。一方で、滋賀暮らしの私や娘には「かしわ」と聞いても、いまひとつ耳に馴染まぬ。

関東、北陸、九州に住んでいたときにも「かしわ」と言った記憶はなく、最初は違和感さえ覚えたものである。それでも、炭火にあぶられて香ばしく仕上がった「かしわ」は、もはや呼び名などどうでもよいほどに旨かった。

雨の日に響く炭のはじける音と香りに包まれながら、ただ待つことの幸せ。その一瞬こそ、まさに至福であった。

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