秋晴れのおにゅう峠にて ― ヒカゲノカズラ採集の記

十一月に入ると、早くも正月の準備に向かい始める。
滋賀県と福井県の県境にある「おにゅうとうげ」へ、恒例のヒカゲノカズラ採集に出かけることにしている。
ヒカゲノカズラは、日本各地の山麓で日当たりのよい場所に自生する常緑多年草である。
茎は地を這い、鱗片状の葉を密に付け、短い柄の先に二~四本の黄色い胞子のう穂を立てる。冬でも鮮やかな緑を保つ強い生命力と、『古事記』にも登場する神聖な植物であることから、古くから縁起物とされてきた。特に「長寿」や「病気平癒」の象徴として、お正月飾りの「掛蓬莱(かけほうらい)」などに使われる。近年では、厄除けのお守りとして玄関や神棚に飾る家庭もある。

この峠でヒカゲノカズラを初めて見つけたのは四年前、紅葉を見に訪れたときの偶然であった。それ以来、毎年の恒例行事となった。
ただ、例年紅葉の時期を見誤ることが多く、訪れるたびに「少し遅かった」と思う。昨年は十一月九日に訪れたが、その時もすでに多くの葉が落ちていた。
今年こそはと早めに計画したが、福井側の道路が工事中で通行可能になったのは十一月一日。
開通を待って早速出かけたものの、峠に着いてみれば観光写真で見たような鮮烈な赤は見当たらず、「やはり遅かったか」と思った。
それでも、昨年は枯れ枝ばかりだった斜面に、今年は紅葉がいくぶん残っており、雲海の出る絶景ポイントからは、去年よりも赤みを帯びた山並みが見渡せた。

2025年11月2日

2024年11月9日
今年の採集場所は、これまで気づかなかった新しい斜面であった。そこには見事なヒカゲノカズラが群生しており、これまでで最も美しい株が多かった。採集自体は十数分もあれば十分で、むしろ峠の絶景を眺めて過ごす時間のほうが長かった。

峠へ至る道は急なS字カーブが連続するが、その坂を自転車で登る人たちの姿があった。声をかけると「力の残っているうちに」と笑う中高年の方々で、その健脚ぶりがまことに羨ましかった。

峠の空は快晴。
秋らしい、どこまでも抜けるような青空が広がっていた。風も穏やかで、遠くには小浜の町がぼんやりと見えた。
この峠道は、かつて福井から京都へ鯖を運ぶ「鯖街道」として使われたという。車でも息の切れるような坂道を、昔の人々は荷を背負って歩いたのだと思うと、足元の道にも歴史の重みを感じる。

2025年11月2日

2024年11月9日
回数を重ねるにつれ、初めの頃のように夢中で採集することはなくなった。
必要な分だけをいただき、あとは自然のままに残しておく。
そうすれば疲れもほどほどで、心地よい一日となる。
今年もまた、ヒカゲノカズラの緑と、峠の秋空に感謝しつつ峠を後にした。
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