パソコン周りの掃除から学んだこと

パソコン周りの掃除をした。
キーボードやリストレスト、マウスパッドはいずれも白色で、娘が買いそろえてくれたものである。さらにパソコン画面が良く見えるようにパソコンスタンドまで用意してくれた。
私は当初、こうした便利な周辺機器の存在を知らなかったが、とりわけリストレストは有難いものであった。机に肘をつく癖があり、肘の黒ずみが長年の悩みであった。しかしソフトな手触りのリストレストは負担を和らげ、作業能率を高めるのみならず、うたた寝には思いがけない程に役立っている。マウスパッドもまた、手首部分が柔らかく盛り上がったものに替えたことで、作業は格段に快適になった。
思えば、それらを使い始めてすでに2年ほどになるであろう。時折娘から「こんなに汚れているのに気が付かないの」と指摘されるが、幸か不幸か私は汚れには気付かぬまま過ごしてきた。
ところがある日、明るい日差しの下で見たキーボードには、隙間に黄色いシミが浮かんでいた。食べ物のこぼれとは思いにくいが、みかんの果汁か、あるいはお茶のしみかもしれない。原因はともかく、娘の目には常に映っていた汚れが、ついに自分の目にも鮮やかに見えたのである。
綿棒の先に洗剤を含ませて隙間をなぞると、あっという間に綿棒は真っ黒になった。その分、キーボードはかつての輝きを取り戻した。成果が目に見えると気持ちは昂ぶり、その勢いのまま周辺機器すべてを掃除した。
汚れが落ちるという行為は、実に面白いものである。
世間には掃除法や汚れ落としの情報があふれているが、現実は映像のように容易にはいかない。しかし「汚れを落とす」「片付ける」という営みは、確かに心を鎮める力を持っている。
パソコン周りの掃除を通じて、私は改めてそのことを知った。
目をつぶってきた場所を見直すきっかけは、意外にもこんな小さな掃除から生まれるのである。そして落ちた汚れのあとに残る清涼感は、どこか心の奥にも差し込む光のようであった。
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