旅は道づれ、世は情け/坂本緊急親善大使

警報級の雨が降る一昨日の朝、ドラッグストアに行った。
車を停めて、豪雨の中を店内に飛び込もうとした時に、声をかけて来た女性がいた。
「比叡山のケーブルはどちらでしょうか?」
「ケーブルは、山ですからあちらです」「線路よりも上ですか?」「はい、勿論比叡山ですから」「あー反対に来たんですね。」「駅からここまで歩いてですか?」「はい、40分待ってもバスが来なかったもので」
その段階で、女性はかなり濡れている。「おひとりで?」「はい」
「ここからケーブルまで歩くのは大変です。買い物が済んだらお送りしますので、ここでお待ちください」
と、言って買い物を済ませたあと、彼女に車の助手席に乗ってもらった。

「いい方に声掛けして良かった」と喜んで頂いたけれど、この大雨の中をケーブルに乗って山に登ろうとする意図が分からなかった。
「どちらからですか?」「神奈川です。昨夜の夜行バスで着きました」私はますますわからなくなって「何で又、こんな日に」と尋ねた。すると「私は子供が3人いまして、ボーイスカウトに入れていました。高校生になると一人旅に出したんです。その時に子供が選んだのが比叡山で、ここで1泊の研修を受けて帰りました。私もやっと時間が出来て旅に出ることが出来ましたので、子供たちが一人旅をした場所に行こうと思ったのです」と。

素晴らしい計画だと思うけれど、それにしても今日の雨はひどい。子供さんたちは既に30歳を超えて独立されているらしい、その子供さんたちが高校生でした一人旅をなぞると言うお母さんに雨は無常だった。

「こういう時はまず、駅員さんにお聞きになる事ですよ」「次に付近には必ず案内板がありますからそれを探してください」コンコンと旅のレクチャーを初めてしまった。
「ほら、山が見えるでしょう、ケーブルですからまず山の方に行かれるのが普通ですよ、山の方を向くと背中はびわ湖です。あなたは今、琵琶湖に向かって歩いてましたよ」「あー山が見えますね、駅に着いた時は山も何も見えなかったんです。雨に煙ってましたので」「タクシーは?駅前にはいたでしょう」「タクシーは高校生が相乗りで乗っていかれました」そこで私は絶句した。雨の日に高校生は相乗りタクシーを使うんだ。ここで高校生と言えばケーブルに隣接する、野球の名門校しかない。
「あなた、スマホは?Googleマップご覧になった?」「ええ・・でもぉー」スマホをガシガシ使う方ではなさそうだ。
と、話しながら日吉大社の鳥居をくぐり、案内看板を示しながら、高校の横道からケーブル駅にお送りした。
すると彼女は「あのーこれを」と買ったばかりらしいお茶のボトルを差し出した。「これを受け取ってもらえませんか」「ありがとうございます。私は家に帰れば沢山ありますが、これは貴女に必要なものですから」と辞退したけれど「受け取ってください、気持ちばかりなんです」と、頑として譲らない。「じゃあ頂きます、お気をつけて行ってらっしゃい」とお別れした。

あの時、ケーブルは動いていたのだろうか。雨に気を取られて気が回らなかった。
昨日は、鞍馬山に行くそうだ。いい思い出になってくれればいいけれど。
旅の想い出はトラブルまでも想い出になる。
バスに替わり、タクシーに乗り込んだ高校生たちに替わり、坂本にいい思い出を作ってもらおうと緊急の親善大使を勤めさせてもらった。

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