誰にも届かぬ心の声――映画「流浪の民」

何とも難解な映画であった。観終えた直後、共に鑑賞した誰もが言葉を失い、場は一種の不思議な感覚に包まれた。感想を述べようにも、どこから手をつけてよいか分からない。理屈で「理解」しようとするよりも、むしろ「感じる」ことに重きを置いて観るべき映画であったように思う。

簡潔にあらすじを記すとこうである。

10歳の少女・更紗は、当時「誘拐事件の被害者」として世間に報じられた。その際、彼女を保護した大学生・文は「加害者」とされ、逮捕される。
それから15年。偶然の再会を果たした二人は、それぞれ過去の烙印を背負い、社会の冷たい視線に傷つきながらも、再び新たな関係性を築き始める。だがその絆は、世間の目には“歪んだもの”として映った。
それでも、二人の間には確かな信頼が存在していた。更紗がまだ幼かった頃、最も安心して過ごせる場所が文の傍らであったことが、その信頼の根にある。だが世間は、その背景を理解しようとはしない。更紗は常に、冷ややかな好奇と偏見の目に晒され続ける。
理解する努力すら放棄した「善良な市民」たちによって、彼女たちのささやかな再生の歩みは踏みにじられ、再び傷つけられてゆく。壊された日常の中で、二人はまた、寄り添いながら生きる道を探ることになる。

劇中では、更紗の婚約者による執拗な執着が、二人をさらに追い詰める。ネット上には過去の事件や現在の関係性に関する情報が暴露され、炎上する。映像は、過去の穏やかな記憶と現在の凄惨な現実――婚約者による激しい暴行が交錯し、観客の呼吸すら奪うような緊迫感を生む。
この物語の底に流れるのは、文に向けられた「ロリコン」という嫌疑である。その一点によって、世間の偏見は二人の幸福を容赦なく破壊してゆく。性と暴力、加害と被害、守る者と壊す者。これらが複雑に絡まり合い、現代社会が抱える倫理的混沌が映し出される。

昨今のニュースと呼応するようなテーマも多く、本作は単なるフィクションの枠を超えた現実への問いかけではなかろうか。
今なお、胸の奥に重く沈むものを感じる。明確な感想は結論づけられない。