岬めぐりの旅2022年 – 神威岬編

20年ほど前だったろうか小樽まで行ったけれど、積丹半島を残して帰った事がある。
「次回は積丹半島に」と言った矢先の2006年2月10日に豊浜トンネル上部岩盤崩落事故が起きた。
あれから16年が過ぎた。
毎年通う北海道だけれど、ガーデン街道沿いを旅すると積丹半島は一番遠くに存在し、気になりつつ行けなかった。


神威岬の景観や積丹ブルーの海を見るためには「チャレンカの小道」と呼ばれるアップダウンのある遊歩道800mを往復出来ないと行かれない。
想像すると、相当厳しいと思ったけれど、行ってみたらあっけなかった。


午前9時過ぎの神威岬は薄日だった。
これでは積丹ブルーは見られないかと思いつつ小道を辿ると、断崖は季節の花が咲きどの岬よりも美しい風景が海に向かって広がっていた。


そして、絵の具を流したようなブルーの海水が断崖の下の石を洗っていた。
片道20分と言われる遊歩道を写真を写しながらあちらをウロウロ、こちらをウロウロしてゆっくり歩いた。


先端まで歩いて行くと、岬の先に神威岩が見えた。
そこは周囲300度が見渡せるビュースポット。
ここも地球岬だった。


旅の最終目的地で神威岩を入れた構図で家人に写真を撮って貰っていたら「お撮りしましょうか」と声をかけてくれた人がいる
福島からキャンピングカーでひと月かけて北海道を回っているのだとか。
日本の300名山にも挑戦中の60才代男性。
旅先で軽く情報交換するのもまた楽しい。


ほんの数分の間に、ポツンと雨粒が落ちてきた。
午前10時には、観光客が増えてきて、雨に向かって歩いて行った。

【雑学】
チャレンカは源義経を慕って追いかけて来たアイヌの娘で義経の船はチャレンカを残して出航した。
もうここまでと思ったチャレンカは、「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」との言葉を残し海に身を投じた。そして、その身体はやがて岩と化し神威岩となり、以来女性を乗せた船が通ると必ず転覆し、神威岬は女人禁制となった。
女人禁制が解かれたのは1855年(安政2年)

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