出かけることのない、小さな旅が終わる

旅行会社から届くパンフレットは、いつも煌びやかだ。
美しい写真とともに「特別な時間」が約束されているように見えるが、夫婦で参加すれば驚くほど高額になる。それでも一定数の申込みがあるのだから、この値段でも「行きたい」と思わせる何かが、確かにあるのだろう。
日程作りや細かな手配をすべて任せたい人の気持ちはよく分かる。移動も宿も食事も考えずに済むのは、確かに楽だ。しかし私は、旅は自分で組み立てるところからが醍醐味だと思っている。どうやら募集型の旅行には向いていないらしい。
特に落ち着かないのが、食事内容を強調した写真だ。画面いっぱいに並ぶ料理を見ると、この年齢では半分も食べられないだろうと考えてしまう。豪華さよりも、量の多さが先に立ち、残してしまう気まずさまで想像してしまうのだ。いくつかの店を紹介し、選択は参加者に委ねる形にすれば、費用も抑えられるのではないか——そんな疑問がいつも残る。
そもそも、旅は特別な行事ではなくなった。普段着のまま、気軽に出かけられる時代だ。非日常でありながら、どこか日常の延長でもある。そんな今、人の心を本当に動かす旅行プランとは何なのだろう。値段か、豪華さか、それとも「ここでなければならない理由」なのか。
「どうしても行きたい」と思える企画を探しながら、届いたパンフレットをめくる。これは違う、これは少し違う、と心の中で首を振りつつ、気がつけば頭の中で旅程のシミュレーションが始まっている。紙の上の旅を、ずいぶん丁寧に歩いている自分がいる。
そして、パンフレットを閉じる。
こうして、実際には出かけることのない小さな旅が一つ終わる。
費用はかからない。予約も不要だ。
それでも意外に楽しい。
パンフレット一冊で味わえる、無料の旅である。
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