日常を整える木の器 — シェーカーボックスに込めた想い —

「貴女の探していたボックスって、このボックスの事?」
そんなLINEが、友人から届いた。

それは、松本まで足を運びながら結局見つけることのできなかった「シェーカーボックス」であった。
写真を確認すると、まさに私が長らく探し求めていたかたちのものである。
「うん、それそれ」と、すぐさま返信した。
近頃では、多くの職人がシェーカーボックスを手がけるようになってきているが、やはりその特徴的な「スワロウテイル(燕尾型の継ぎ手)」を見れば、ひと目で職人技の差が現れていることがわかる。
友人から送られてきた写真に写っていたスワロウテイルは、繊細にして均整が取れ、見事のひと言に尽きた。

もしかして、松本の井藤さんの作品だろうか――。
そんな想像を胸に対面したそのボックスは、意外にも井藤さんのものではなく、カナダ人のブレント・ルーク(BRENT ROUKE)氏によるものであった。

ブレント・ルーク氏は、カナダを代表するシェーカーボックスの職人であり、その作品はかつてイギリスのエリザベス女王にも献上されたことがあるという。
その評価に違わず、底面にひとつひとつ手書きされた職人自身のサインには、作品に対する誇りと責任が滲んでいた。

憧れてやまなかったシェーカーボックスが、いま、こうして目の前にある。
手を伸ばし、そっと触れてみれば、艶を帯びたチェリー材の表面は、まるで磨き上げられた絹のように滑らかであった。
手のひらに伝わる木質の温もりに、思わず「ああ、これこれ」と、胸の奥から嬉しさが込み上げてきた。

ようやく巡り会えた、憧れのボックスである。
何を入れるのかと問われれば、「最近増えている薬」であったり、「血圧計」であったりする。しかしながら、だからこそ、この憧れのシェーカーボックスに納めたいと思ったのである。日々の生活に欠かせない、しかしどこか生活感が出てしまうようなものを、この美しいボックスにそっと収めることで、少しだけ日常が整い、豊かになる気がしたのである。

道具とは、ただの収納箱ではない。そこに触れ、眺め、日々手に取るたびに、作り手の心と使い手の想いが交差する、小さな対話の場でもある。BRENT ROUKEの手によるこのボックスは、まさにその象徴である。丁寧に削り出されたスワロウテイルが織りなす曲線の美しさ、手のひらに吸い付くようなチェリー材の感触、底面に記された手書きのサイン――どれをとっても、このボックスが単なる器ではなく、「作品」であることを物語っている。
暮らしの中に、ひとつの本物を持つということ。それは大げさではなく、自分を少しだけ丁寧に扱うという選択なのかもしれない。

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