帰省のカタチが変わった

昨日、「帰省のカタチが変わった」というヤフーニュースを読み、膝を打った。
子どもたちの帰省は親にとって嬉しいものの、来る前の準備や帰った後の片付けで数日間は疲労が続き、精いっぱいの力を出し切ってしまうのだという話は常々聴いている。
私は、自分が実家に帰省した経験も少なく、帰省してくる子どももいない。それでも、盆や正月明けに友人たちが「疲れた〜」と笑いながら語る話を聞くと、同情したものである。

私が「家族のカタチが変わった」と実感したのは、30年くらい前だった。
きっかけは、仲人を務めたある夫婦の正月の過ごし方を聞いた時だった。
元旦は新婦の実家、二日目は新郎の実家、三日目は仲人宅——と聞いて、私は驚き、そして少し羨ましくなった。
正月の準備は確かに楽しみでもあるが、主婦にとっては大仕事である。
それをまるごとパスできる世代があるとは、なんと気楽で幸せなことかと思った。
もっとも、子どもが生まれて家族が増えると、我が家への正月訪問はやがてなくなった。正直、ほっとした記憶がある。
最近では、「会うこと」そのものが目的となり、実家ではなく観光地や温泉地で集まる傾向もあるという。
それなら、誰か一人に負担がかかることもなく、みんなが楽しめる。私は両手を打って賛成したい。
ただし、その裏には交通費や宿泊費といった経済力の問題がつきまとう。誰もが気軽に参加できるわけではないのが悩ましいところだ。

新幹線のホームや空港で、孫が走り寄り、祖父母が抱き上げて満面の笑みを見せる——そんな光景は、いまや季節の風物詩である。
しかし、私はそれを「美しい」とだけは思えない。
かつては、長男の妻が里帰りもできず、帰省してくる兄弟姉妹の受け入れに疲弊していた時代もあったのだ。
時代は変わり、誰かの負担にならずに家族が集まれる方法も増えてきた。
そういう時代になったことを、私は素直に嬉しいと思う。
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