わたしの台所 ‐ 沢村 貞子

随分以前のテレビで猛烈な読書家の読書の仕方が紹介されていた。
各部屋、各場所に読みかけの違う本が置かれていて、いつでもどこでも読書ができるようにしていた。
その頃は「ふうーん」そんな方法もあるもんだと思っていた。
私は面白い本に出会うと続きが読みたくて、同じ本をどの部屋、どの場所にも連れ歩いて読んでいたから。

去年、実家に帰った折、兄の本棚を覗いた。兄は、私が知る限り本を読まない日がない読書好き。
この本は面白いと勧めてくれたのは上田 秀人の時代小説。
横積みにしているひとかたまりを持ち帰った。
兄に勧められた本は、自分で選んだものではないので中も確かめずに持ち帰ったら、
いくつもシリーズがあるらしく、作家は同じでも内容の違う本が混じっていた。
仕方がないので、あちらこちらとあるものをつなぎ合わせて読んでいる。
シリーズものは間の1冊がなくても話は繋がり一向に困らなかったのは傑作。

そんな時、寝室に本を取りに行くのが面倒になり、自然に方々に本を置くようになった。
久しぶりに沢村 貞子さんの「わたしの台所」を読み返している。

前触れが長くなったけれど、「わたしの台所」は何回読んでも読み飽きない。
私が子供の頃の食卓の風景が本の中に広がっている。
沢村さんも子供の頃、お母様に常々言われていた言葉を思い出しながら日常を繰り返していたようだ。
この本は沢村さんが古希を少し過ぎた頃に書かれているけれど、その巧みな文章に惹きつけられ、どのページにも頷きながら共感する。
お母様の言葉に「ひきずり」にだけはならないでおくれ。
とよく言われている。
私も同じことを母に言われていた。
「びったれ」にはならんでおくれ。
どちらもその言葉の前には「掃除もしないような・・ひきずり(びったれ)にならないでおくれ」という事になる。
未だに頭の中には「びったれになってはいけない」と染み込んでいる。
この本を再読して、慌てて流しを磨いたり、お風呂の水垢取りに熱中したりしている。
目立たない場所だけれど、少しづつ綺麗になる。
次は汚したくなくなる。
「わたしの台所」は私のバイブルになっている。

平松 洋子さんの「買えない味」や
東 直子さんの「千年ごはん」等もお風呂やト○レでは重宝する。
私のお薦めの本だ。

DSC_8333.JPG
レース編みで作られた栞を頂いた。
勿体なくて、引き出しにしまい込んだ。
引き出しを開けると一番上にある栞が目に入る。
それだけで満足してまた引き出しを閉めている。

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