手のひらに、ちいさな希望を見つけた日

何時ものようにPCを起動すると、手相占いの広告が目に入った。
普段なら気にも留めないのに、その日はなぜか「太陽線が2本ある人用」という言葉に引っかかった。
太陽線――そんなものの存在すら知らなかった私は、少しの好奇心でクリックしてみた。
どうやら薬指の下に現れる縦線のことらしい。半信半疑で自分の掌を開いてみると、確かにそれらしき線がある。
「ある」と思った途端、先を読みたくなった。

太陽線が二本ある人は、幸せが集まりやすい。
人から信頼され、引き立てられ、縁を通して成功に導かれる――。
そう書かれていた。
読み終えたとき、私はすっかりその言葉を信じてしまっていた。
なぜなら、それが自分のこれまでと重なって見えたからだ。
私の人生に「人とのご縁」がなかったら、と考えることは出来ない。
楽しみも、喜びも、その多くが誰かとのつながりの先にあった。
成功しているかどうかは分からないけれど、少なくとも私は満足している。
それなら、それはもう「成功」と呼んでもいいのかもしれない。
もちろん、「まさか手相でねえ」とも思う。
けれど、不思議と当たっていると感じると面白いものだ。
そういえば十代の頃、誰かに手相を見てもらった記憶がある。
そのとき言われたのは、「あなたは一所に留まらず、動く人」という言葉だった。
ちょうど九州から外へ出たいと強く願っていた時期だったから、その一言に少しだけ背中を押されたような気がしたのを覚えている。
あの言葉があったから動いたのか、
それとも、もともと動く人間だったのか。
今となっては分からない。
そう考えると、「運命」は最初から決まっているのだろうか、とも思う。
けれど、やっぱりそれは違う気がする。
手のひらに刻まれているのは、未来そのものではなく、
これまで歩いてきた道程や、これからの可能性の輪郭のようなものではないだろうか。
信じすぎるつもりはない。
でも、少しだけ背中を押してくれるなら、それでいい。
たかが手相、されど手相、そんなことを思うひと時である。
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