足りぬもの、余るもの

東日本大震災で今年は何もかもが極端に様変わりしている。
震災直後の乾電池、水の不足に始り、電力不足で扇風機が足りなくなっている。
朝、1台買って、お母様用に午後に行くと、もう1台もなかったと呆然とする人がいた。
おまけに今年は酷暑の去年より暑い。
午後から坂本に帰って来た家人が2Fの部屋はヨシズがないと夜までに室温が下がらないのではないかと、ホームセンターに行ったが、手ぶらで帰って来た。
ヨシズの入荷が間に合わず、1枚もないのだそうだ。
そこへ行くと今年は果物の宝石「さくらんぼ」が溢れている。
今年は、3回もさくらんぼの頂き物をした。
今朝の情報番組で「さくらんぼ」が木になったままかびていると言っていた。
来園者が昨年の9割減なのだそうだ。
比良で農家のMさんと話をしたら、○○狩りというシステムにすると、自分で収穫、選別し箱に詰めるよりもズーット収益は大きいと言っていた。
だから、これからの農業は、収益を色々な方法から得るようにしなければと。
果物の宝石が木で腐り、ヨシズや扇風機が町から消えた。
こういう現象は情報番組が端を発しているように思う。
この頃は政治家よりも情報番組の司会者の方が世論を引っ張っているのような気もするが、どうだろう。
今日菅総理が原発に頼らない電力の方向を探ると言うような事を言っていた。
これって、本気にしていいのかしら。
間もなく辞めるであろう総理が決める事を次の内閣では守るのだろうか。
この時期の発言はパフォーマンスに聞こえてならない。
これがパフォーマンスでなく実現出来たら、菅総理は歴史に残る首相になれる。
が、私は期待していない。
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