事件の被害者の求めるものは

南湖にかかる近江大橋

咲代さんのブログに「傍観者は無力だ」というページがありました。
光市の母子殺人事件で、残された夫が犯人に復讐をしたいと、当時発言をしていた事件に触れられていました。
咲代さんは被害者の夫に早く平安な日々が来る事を願うと結んでいます。
本当にそう思います。
大事な家族を守れなかった空しさで7年間この方は、笑う事も忘れていたのではないでしょうか。
現在29才ですから本当に若い時の事件でしたが、彼のしっかりした態度と激しい口調に怒りの大きさと辛さがどおーんと伝わってきます。
今回は 当時18歳の元少年(24)の上告審弁論が犯人側の弁護士が欠席で裁判が伸ばされるという事態で、驚きましたがその時の彼の姿も研ぎすまされた、刃物のような印象でした。
7年間一日もその事を忘れずに過ごしているのでしょう。
これは、被害者自身が拷問に合っているような苦しさではないでしょうか。
家族を殺されれば、誰でもそうでしょう。
最近は子供同士でも殺人はおきています。加害者が未成年者の場合や精神異常者となると被害者の気持ちの持っていきようはありません。
被害者が毅然としていると並の言葉では慰めようもなく、他人は遠くから見守るしかなく全く無力です。
そして、毅然とふるまう被害者ほど、もろく、寂しいのではないでしょうか。
彼に事件を忘れろというのではありませんが、生きている方はそれを乗り越えて生きていくしかないのです。
事件後遺症という言葉があります。
心をえぐられた人に病名をつけてもケアー出来るものは何もありません。
彼に平穏な日が来る事を私も祈ります。

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コメント

    • さきよ
    • 2006年 3月 20日

    おっしゃるとおり、心をえぐられた人に病名をつけても、何の治療法があるわけでもないのですよね。
    この週末に「ホテル・ルワンダ」を見て、命の重さについて、更に考えさせられています。重いです。

    • skog
    • 2006年 3月 20日

    さきよさん コメントをありがとうございます。
    光市の事件は、時が解決するとしても時間がかかるでしょう。
    私は傍観するしかないのですが、忘れない事が彼を一番支えてあげられるのかも知れません。

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