父の五十回忌
9月6日は父の祥月命日で、今年は50回忌に当たる。
大谷本廟さんから母宛にお知らせが届いたが、その母も、もういない。
父と会った事のない家人と私が家族を代表して今日、東山五条の大谷さんにお参りをした。
台風12号が去った後で空気が澄み木陰は涼しかった。
既に父の亡くなった年齢を超えてしまったけれど、50年前のこの日は覚えている。
残暑の厳しい日で、高校の制服が暑くてたまらなかった。
50年間、毎年9月6日は暑いーと思って過ごして来た。
珍しいものを買うのが好きだった父は昭和37年当時に既に籐莚を座敷いっぱいに敷きこんでいた。
籐のひんやりした感触を味わったのもその時だ。
父の死後40年以上長生きをした母を見送ったのは8年前。
私は末っ子なので父の50回忌のお参りが出来たけれど、流石に「母の50回忌は無理やわ―」と九州の兄に電話をした。
兄も無理なので兄の子供たちにお願いするようになるのだろうけれど、中々大変な事だと思う。
九州の実家でも今日はお寺さんのお参りがあり、父は明日からご先祖様になる。
大谷さんは、境内が広くて姉母は歩けないだろうと二人で行ったのだけれど、駐車場からエレベーター、エスカレーターが続き、金ぴかの本堂は椅子席になっていた。
前回はお抹茶の接待を受け、長い廊下を本堂に進み、父の遺骨が本堂に運ばれた。
そこで名前を読み上げてお経が上げられたけれど、今日は受付で最中をひとつ頂いてエスカレーターで新しく建立された本堂へ進み、出席を取られたらすぐ読経が始まり、お焼香をして終わり。
50年間遺骨を管理して頂いて、今日で最後の日になると思った思いはあっけなく終わった。
時の流れを感じる日だった。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。