いのち

「俺なあ、喉頭癌になってもうダメらしいわ」と30年間つかず離れずに付き合いのある人から.電話があった。
「先日迄、手術の話やったのに今日になって、痛い思いは止めて抗癌剤で叩きましょう。といわれたよ」
「それは早とちりよ。手術するほど迄なはいということじゃないの、被害妄想になってるわ」と突き放した私に追い討ちをかけるように今日また電話があった。
「あと、半年と云われたよ。20万円をかけた人間ドックは何も役立たなかったな。
週末は家に帰って酒を飲んだけど嫁さんは止めなかったわ。これからまた飲みにいくわ」肝臓に転移して手のつけようがないらしい。
酒を飲みたくなる気持ちもよくわかる。
「止めなさいよ。飲むんじゃないわ」と私の叱責を期待しているのかも知れない。
私も止められなかった。
止めてくれる人がいないという事は「自分が死ぬかも知れない」と云う事を他人は認めている事を自覚して行く過程にあることかもしれない。
今日医者に告知されて、冷静でいられるはずはない。
「人間は生まれた時から死ぬ日に向かって行くんだから、何時かが決まったというだけさ」といいつつも「何も悪い事もしていないのに」とつぶやく。
仕事一筋でほとんどを単身赴任で過ごして来た。
私が千葉に行くと、東京にくる。博多に行くと博多にくる。何となく馬があい近況を報告しあう中になっていた。
会社の重席を担って働き続けた人である。
最近はゴルフが仕事かと私に皮肉られながらもゴルフ場と会議室を往復していた。
「これからどうするの」と馬鹿な質問をすると「抗癌剤で2ヵ月叩くと2年生きられるらしいから2年あれば何とかなるさ。博多で働くよ」と当然のようにいった。
「退院したら元気な内に湖西のギャラリーにいくよ」「うん」
まるで現実味がなく映画のように電話を切った。
彼は家庭の事、仕事の事、考える事が多すぎて苦しい夜になっていると思う。
弱音を吐けない夫であり父であり仕事人である。
泣けるのは病院のベットの中だけかも知れない。
あまりに冷静な電話に「逝く方も辛いけど残される方も同じよ」と言わずもがなをいってしまった。
医療技術の進歩を今日ほど恨み祈る日はない。

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