福祉と食事そしてガラス

外食というのはやはりハレといえるのでしょう。
たまーの外食となると、事前調査をしてから気合を入れて出掛けることになる。
今まで「ランチにしよう。うんランチがいい」としてきたのは「ディナー」は高いからと言う理由に他ならない。
この頃はランチもディナーも価格はかわらないというレストランが出来た。
それで、ふっと何故お昼のランチは¥2000でディナーは¥6000からとなるのかと考えてみた。
私の推測なので業界の人には笑われそうだけれど。
そもそもランチはディナーの残りの食材を使いまわすから成り立っているという説がある。
ということは値段はディナーが基準となる。
お一人様数万円の天麩羅やすし屋もあるとか。
だけど、個人のお財布で払えるところではないような気がするのですよ。
社用族が消え、高級官僚への風当たりがきつくなるとこの世界の価格破壊はあるかもしれない。
そう単純ではないかもしれないけれど急にそんなことを思い出したのは、最近ガラスのある作家さんと話しをした時に燃料費の高騰でかなり環境が厳しくなったと伺った。
燃料費を反映させた価格に上げることは出来ても、それでお客様の買い気をそいでしまっては燃料費もでない事になる。
それ以上に厳しいのは燃料費が下がったからと今度は作品価格を下げることの方がもっと難しいのだと。
食事の場面と芸術を同列に論じる事は無茶とは思うけれど、時価と書いたものをオーダーできる人たちが今の日本を動かしているような気がしてならないから。
福祉の国スウェーデンは週末に高級ホテルが半額になることが分かり、憧れのSASホテルに泊まった。
日本とはまるで反対なんだと羨ましかった。
本物の福祉は国民の方を向いている。

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