慈雨の音 流転の海 第六部 ‐ 宮本 輝

この頃「この世界の片隅に」という映画がヒットしているらしい。
まだ観ていない(後日、観ました)戦後の呉市で淡々と送る日常に共感を感じるということを聞いている。

「流転の海」に書かれている戦後の市井の暮らしは、とてもリアルでつい先年私の周りにあった日常である。
久しぶりに読む「流転の海」
しばらくは、なんとなく読んでいたけれど数ページ読み進むとすっかり主人公熊吾の魅力の虜になった。

熊吾は、伸人(宮本 輝)の父親である。
平成の世に、どこを探してもこのような父親を見ることはないだろう。
50才で初めて息子を得た。その子は体が弱かった。
その子を丈夫な子供にしたい、健全な教育を受けさせたい。
今では、それほど困難ではない願望も、終戦直後ではそうはいかない。

繊細な心で考え、大胆に実行する父親熊吾の子育ては、今の若い人とは違うだろうけれど親心に変わりはないのだから若い子育て中の人に読んで欲しい本だ。
熊吾は、家族、仕事関係、知人友人、その周りの人たちに頼りにされて熊吾は深い慈愛を注ぐ。
言葉は強いけれど、一言も無駄な言葉はない。
熊吾の言葉を拾って歩けば、まともな人間ができるだろう。
伸仁は体が丈夫になるころには、しっかりと自分で考え行動する子供に育っていった。

一例を言えば、伸仁は病気を理由に捨てられた伝書鳩のひなを自分の胸で温めて育てた。
誰もが1日と持たないだろうと思っていた鳩に工夫して練り餌を食べさせることに成功したからだ。
その練り餌を、どうすれば鳩の胃袋まで入れられるかと道具を工夫してくれたのは父親である熊吾だった。
見守る所と手伝う所の境目が、淡々と書かれた中から読み手に伝わる。
その鳩を手放す時、伝書場だから家に帰って来るだろう事は容易に想像できる。
それを教える熊吾、黙って聞いている伸仁。
その日が来ると伸仁は、以前遺骨を撒いた餘部鉄橋に一人で行って鳩を放した。

伸仁少年の成長、鳩との別れ。淡々とした日常。
してはいけない事、しなければいけない事。きちんと教えてくれる家族。
毎日、私が熊吾に育てられるようだ。

残り三部で完結になるらしい。
惜しみながら読んでいるせいか3ページで眠り、目覚めて3ページで眠り、一晩中枕もとの灯りはついている。

その後、第七部も発売されました。

「長流の畔: 流転の海 第八部」はこちらで紹介しています。

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