『私と姪の「はい」の距離』

昨日のブログで「はい」と言う返事の気持ち良さについて書いた。その文章の中に、姪が笑いながら言った一言がある。
「『はい』って一番短くて、面倒がないから」
確かに、言葉としての「はい」は難しくない。ただ口にすればいいだけだ。けれど私にとっての「はい」は、単なる同意の響き以上のものを含んでしまう。「言われたことを引き受ける」「自分の考えを改める」——そういった重さが、どうしても背中にのしかかる。だから私は、まず「ノー」の気配が先に立ってしまう。心が一拍置かずにはいられない。

その点、姪は迷わない。余計な段取りを挟まず、反射のように「はい」が出てくる。「面倒がないから」と割り切れる。私から見れば羨ましいほど潔い姿だ。姪は私より大人なのだろうか。それとも、私からすると少しばかり「無責任」に映るだけなのか。正直そこはまだ判じかねている。
ただ、彼女が無責任というより、彼女の暮らす環境や気質の中で「はい」を難しくしない習慣が育っただけなのかもしれない。私のように、わざわざ面倒にする癖を身につけていないのだ。
それでも思う。「はい」と素直に言える人は強い。軽やかに見えて、その言葉の裏に余計な逡巡を抱えない生き方もある事を知った。
「はい」は魔法の言葉である。そう言える人を、私は少し羨ましいと思う。
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