「石見銀山・大森町で出会った、“群言”という生き方」

石見銀山の町、大森町にある「群言堂本店」を訪ねた。
洋服を断捨離するたびに、いつも手元に残るのは群言堂の服であることから、私は以前より群言堂のファンである。まだファンになる前、「群言堂」という珍しい店名に興味を持ち調べたところ、「中国では、こうして皆が目線を合わせて意見を出し合い、よい流れを生み出していくことを“群言堂”という」ということを知った。その言葉の意味に感銘を受け、私自身も何かにつけて“群言”の精神を意識するよう努めているが、中々難しいと実感している。
その後、この店を立ち上げた松場登美さんの著書を読み、同世代である彼女の生き方にも大いに共感を覚えた。
大森町は、島根県の山間にある小さな町である。そんな土地から全国ブランドとなり、町おこしの一端を担う企業を興した登美さんの姿勢は、「根のある暮らし」に根ざしている。
この町を訪れると、まるで時をさかのぼったかのような感覚に包まれる。どこか懐かしく、歩くこと自体が楽しくなる町である。できることなら、二泊ほどして自転車で町の隅々まで見て回りたくなる。群言堂本店の建物は古民家であり、土間があるのが特徴的である。店内は気取りすぎない、自然体のディスプレーがなされており、ゆっくりと商品を見て回ることができる。
ここへ来ると、何か一着は買いたくなる。決して安くはないが、十年は着られる品質であるから、年単位で考えれば高価とは言えない。家人はいつも、併設されたカフェコーナーでお茶を飲みながら、庭や建物の佇まいを楽しみつつ私を待ってくれている。営業は11時から17時までであり、この日は到着時間の都合で1時間も滞在できなかったが、他の来店客の姿はなく、静けさの中でゆったりと買い物を楽しんだ。
翌朝、思いがけず感動した出来事があった。早朝に宿を出発し、まだ静かな町を歩きたくて群言堂の方向へ向かった。すると、どの家からも若者たちの談笑する声が聞こえてくる。近年、多くの若者がこの町に移住しており、若い活気のある町であることに驚いた。
数人の女性たちが家の周囲で草取りをしていた。その中には、昨日私の買い物に付き合ってくれた女性の姿もあった。群言堂は11時からの営業であり、朝はゆっくりしているのかと思っていたが、それは違っていた。まさに「根のある暮らし」は、こうした日々の環境づくりから始まっているのだろう。彼女たちは、談笑しながら楽しそうに草を抜いていた。
声をかけると、彼女はこちらに気づいてとびきりの笑顔で挨拶してくれた。昨日、私は膝が曲がらない事情もあり試着せずに服を購入したのだが、宿で着てみると実にぴったりだった。それを伝えると、彼女も心から嬉しそうな表情で応えてくれた。早朝から草取りかと尋ねると、彼女はにっこりと「はい」と返事をし、私の車が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
音のある、生命の息づかいが感じられる暮らしを垣間見ながら車を走らせると、至るところで溝掃除や草むしりに精を出す人々の姿があった。家々の玄関先には、どこも野の花が飾られている。町全体が、人々の手で、力を合わせて美しい町にしようという意識で満ちている。
まさに、これこそが“群言”の在り方ではなかろうか。
何度訪れても心が落ち着く町である。あと何回、この町を訪れることができるだろうか。
コメント
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素晴らしい旅の一齣ですね!
拝読しただけなのに、興奮しました!
明子さん、大森町に行かれた方は皆この町のファンになると思います。かなり遠いのですが一日かけて行っても甲斐の在る町です。