日々-6

久しぶりに快晴の今日、お隣のSさんの納骨で親しい人たちが霊園に集った。
若いお坊さんのよく通る読経を聞きながら、今まで思ってもいなかった、死について考えていた。
周りの墓石に刻まれた行年を見ると、私よりも若い年齢がたくさん刻まれていた。
お葬式も無宗教から仏教、神式等々多様に渡る。
それによって、あの世の行き先が違うのだろうか。
姉母は神式で、遺骨は散骨にし、誰にも知らせて欲しくないと言っている。
家人は無宗教、私さえよければ葬儀も不要、散骨希望という。
決まっている形式で流れるのは簡単だけれど、珍しいことをするのは難しい。
残された方に任せることになる。
ただ、私の疑問は世界中にある宗教は様々でその形式で死者は送られる。
けれど、行き着く先が同じ天国だろうか。
無宗教の私には想像ができない。

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