謝らない日本人

姉母の施設は開所、間もないので費用の自動振り替えができず、直接施設に納入して欲しいというお手紙が届いた。
昨日は地震もあって忙しさは半端なかったけれど、お知らせを受け取れば直ぐにお納めするのが私の流儀。
施設に行く前に自宅近くの郵便局に寄った。

珍しい事に1台しか停められない駐車場が空いていた。
用事を済ませて外に出ると私の車の出庫を塞ぐように路上駐車をしている車があった。
暫く待ったけれど、出てくる気配がないので局に戻ると、局内は2人だけ。
「黒い車の方いらっしゃいますか」と声掛けすると椅子に座ってらした方が「私じゃありません」と手を振られた。
すると、もう一人の方という事になる。
窓口にいらした方が外を見て「あの車は、私のです」とおっしゃつた。
「私の車が出せないのです」と行った時、私なら「ごめんなさい」とか「すみませんでした」とかいうが早いか車移動に飛び出している。
ところが彼女の口から出たのは「あ、そう」

「グウーッ」と敢えて外に出た。
そして、またしばらく待った。
やおら出てきた彼女は車に乗り込むとゆっくりとシートベルトをした。
そのまま走り去ると思ったら、2Mほど車を動かすと又郵便局の中に戻って行った。
今時の若い者は等というものではない。
多分私より幾つか若いだろうと思える年齢である。

そういう停め方をするところから、不思議、謎、私には理解できない。

今年になって、つくづく思うけれど「謝らない」事が平気な風潮を感じる。
不愉快な世の中になったものだ。

日本人は「ごめんなさい」「ありがとう」という文化があったと思う。

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