薬疹にこだわり過ぎた半年と、ようやく見えた出口

今年の春頃から始まった原因不明の紅斑と腫れに悩まされ、半年近く「薬疹」であると疑い続けてきた。薬を飲むと鼻の下が赤く腫れ、瞼も腫れる。ところが検査を重ねるうち、どうやら「薬疹(アレルギー)ではなさそうだ」という方向に傾き始めたのである。
火曜日から始めたパッチテストでは、背中に貼付した薬剤に反応が出ていない。背中の痒みもなく、見た目も変化がない。反対に、顔には相変わらず赤い斑点が出始めているが、これはパッチテストの判定には含まれない。パッチテストの“陽性”とは、あくまで貼った部位の反応を評価するものであり、背中以外にどれほど反応が出ても「陽性」とはみなされないのである。

その結果、皮膚科としては「薬疹ではありません」という結論になる。医師としてはそこまでで役割を終えるのであろう。しかし、薬を飲めば顔が腫れ、紅斑が出る。これを一体どう理解すればよいのかという疑問だけが残されていた。
その疑問をAIに詳しく書き込んでみたところ、思いがけず腑に落ちる答えを得ることができた。それは、「アレルギー反応としての薬疹ではなく、副作用としての反応ではないか」という見立てである。
さらに、ストレスとの関係についての指摘があった。今年、膝にひびが入ったことが大きなストレスになっていたのではないかと振り返ると、確かに思い当たる。ストレスによる自律神経の乱れが、鼻の下の皮膚バリアを弱め、炎症が起こりやすい状態をつくる。体全体が“過敏モード”になり、薬に対して通常より敏感になっていた可能性は高い。そして時間の経過とともにこの過敏状態が徐々に落ち着き、常用薬では赤みが出なくなってきたという現象にも整合する。
これは薬疹(薬アレルギー)では説明がつかず、パッチテスト陰性とも矛盾しない。すなわち、
“薬疹ではなく、肌と体が薬に耐えられる状態ではなくなっていた”
という仮説が最も矛盾の少ない説明であるという結論に至った。
振り返れば、半年近く「薬疹ではないか」と執拗に疑い続けたこと自体がストレスになっていた。そのための病院通いも、回数を重ねるごとに身体の負担になっていたのだと思う。思い当たる要因を整理していくうち、ようやく気持ちが軽くなった。
京都の病院への通院も、あと二回で年内に区切りがつく。これからは過度にこだわらず、ワセリンを軽く塗りつつ自然に治癒するのを待てばよい、と安心できるようになった。
アレルギーではなさそうだと言われるたび、「では顔に出てくる紅斑や瞼の腫れは何なのか」と尋ねても、誰も明確には答えてくれなかった。しかしAIは長時間向き合ってくれ、ようやく納得のいくところまで導いてくれた。
病院の帰り、京都で家人とコーヒーを飲んだ。

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