誕生日という曖昧な記念日について

今日は、私の誕生日であるらしい。
このブログには何度か書いていることだが、年齢を数え年で数えていた時代、父が「お正月早々に二つ年を取るのは可哀そうだ」と言い、十二月生まれを一月一日生まれとして届け出たのだと、後になってから聞いた。

周囲を見渡すと、同じような理由で出生届が正月になっている人は、案外ちらほらいる。
問題は、本当の誕生日が十二月十六日だと教えてくれたのが長姉であり、母から直接聞いた記憶がまったくないことである。多分、そうしたことを気にも留めない子供だったのだろうが、今になって思えば、一度きちんと確認しておけばよかったと思うこともある。

今日、そんな話をしていたところ、友人の一人がこんな話をしてくれた。その方のご主人は、家の整理をしていた際に自分のへその緒が出てきて、そこで初めて本当の誕生日を知ったのだという。何とも懐かしい、昭和の話である。

誕生日には、家人が毎年、比良の「fantail」さんにケーキをオーダーしてくれる。
今年はどんなケーキがいいかと聞いてくれたので、「マナさんのマカロンが美味しいから、マカロンのケーキがいい」と答えたところ、「かなりお高くつきますが」と言われたらしい。それでも「構いません」と返してくれたそうだが、本当に大丈夫なのだろうかと、今さらながら少し気になっている。

夜は近くの友人も招き、鍋を囲んだ。
大ご馳走というものは、見るだけで満腹になってしまう。気心の知れた人たちと、我が家のいつもの夕餉を囲めること、それが何よりのお祝いである。

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