上五島最後の寄り道 ― 奈良尾神社のアコウ樹

まる一日お世話になったドライバーさんとも、いよいよ別れる時間が近づいてきた。
福江島へ戻る最終のジェットフォイルに乗るため、港へ向かうものと思っていた私たちに、ドライバーさんが言った。
「もう一つ、見ていきましょう」
「船、大丈夫かしら」
けれどドライバーさんはまったく動じる様子もなく、車は奈良尾の住宅街へ入っていった。
細い道をくねくねと曲がりながら進み、やがて「奈良尾神社」に到着した。
そこには、「奈良尾のアコウ」と呼ばれる巨木があった。
車を降りた瞬間、帰りの船の時間を忘れてしまうほどの大木が目の前にそびえていた。

アコウの巨木は神社の参道をまたぐように立っている。
地上7メートルほどのところから幹が大きく二股に分かれ、そのまま枝から根を垂らしながら、参道を包み込むように広がっていた。
樹齢は670年以上。
この木の下をくぐると長生きできるとも言われ、上五島の神秘的な場所として知られているそうだ。
ドライバーさんは木の間に立ち、両手を広げて巨木の大きさを教えてくれた。
すると、一人旅らしい外国人旅行者がそれを見て、「私も写真を撮りたいから、もう一度同じポーズをしてほしい」と声を掛けてきた。
ドライバーさんは、嬉しそうに再び両手を広げていた。
神社には説明書きも多くあったが、ゆっくり読む時間は残されていなかった。
それでも、一つだけ気になる記述があった。
奈良尾は、約400年前の慶長年間に、紀州・和歌山県広川町の漁師たちが移り住み、イワシ漁やカツオ漁を伝えたことで発展した町なのだという。
そして奈良尾神社も、紀州七社権現の分霊を勧請したことに始まるらしい。
その説明を読みながら、私はふと思った。
上五島の歴史をたどると、どこかで必ず海の向こうとの繋がりが現れる。
それはキリシタンの歴史とも、まったく無関係ではないのではないか――そんな気がしたのである。
5月には1週間全ての葉を落とし、新芽へ生まれ変わるアコウは時期には少し早かったのだろう、青々と葉を茂らせ、空へ向かって大きく枝を広げていた。
そして、いよいよ港へ向かう時間になった。
ドライバーさんは、17時30分発のジェットフォイルに乗り込むまで見送ってくださった。

夕暮れの海を滑るように走る船は、30分ほどで福江港へ到着した。
こうして、長く濃密だった上五島の一日が終わった。
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