隠れキリシタンの船長 ― 桐教会へ向かう道で聞いた話

キリシタン洞窟の中へは入らなかったので、船は予定より早く深浦港へ戻った。
車は次の目的地、桐教会へ向かって走り始めた。

若松瀬戸を見下ろす丘の上に、赤い屋根の桐教会は建っている。
海の青さの中に浮かぶようなその姿は、行き交う船の安全を祈っているようにも見えた。
教会から眺める若松瀬戸の景色もまた素晴らしかった。
教会より有名なのは若松瀬戸の水の透明度だとドライバーさんは強調されていた。ここの景色はドライバーさんのお気に入りのようだった。
その道中、ドライバーさんがふいにこんな話を始めた。
「実はですね、祥福丸の船長さんは“隠れキリシタン”なんですよ」
突然、「隠れキリシタン」という重い言葉が現実味を帯びて胸に落ちてきた。
私はそれまで、「潜伏キリシタン」と「隠れキリシタン」の違いさえよく分かっていなかった。
どこか歴史の中の存在のように思っていたのである。
けれど、ほんの少し前まで自分たちを洞窟へ案内してくれていた船長さんが、その信仰を受け継ぐ人だったという。
急に、キリシタンの歴史が遠い過去の話ではなく、今も人の暮らしの中に続いているものなのだと感じられた。
それから車中では、ドライバーさんによる即席の「キリシタン講座」が始まった。
キリスト教には、ローマ教皇を中心とするカトリック、ロシア正教会などの正教会、そしてプロテスタントがあること。
そして、日本では禁教時代にも密かに信仰を守り続けた「潜伏キリシタン」が存在したこと。
彼らの多くは、禁教令が解かれた後、カトリックへ復帰した。
一方で、解禁後もカトリックへ戻らず、独自の信仰を守り続けた人々が「隠れキリシタン」なのだという。
彼らは、先祖代々受け継がれてきた祈り「オラショ」を、口伝えで今も継承している。
ここで私は、大きな勘違いをしていたことに気づいた。
私は長い間、「カトリック信者は結婚できない」結婚している人はプロテスタントであると思い込んでいたのである。
だから、子どもへ信仰を受け継ぐ隠れキリシタンの存在と結びつかず、頭の中が混乱した。
けれど実際には、結婚ができないのは一部の聖職者であり、信徒は結婚して家庭を持つことができる。
その疑問は、翌日訪れた久賀島の「久賀島潜伏キリシタン資料館」でようやく解けることになる。
旅をしていると、思い込みのまま理解していたことに気づかされる瞬間がある。
上五島の旅は、美しい教会を巡るだけではなく、キリシタンの歴史と信仰が、今も息づいていることを知る旅でもあった。

桐教会で見た「天使の梯子」
(つづく)
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