あざみは平和のシンボル?

家人が退院してから、フロントガーデンで大きくなり過ぎた矢車草を始末した。
すると勢いを増したのが、例のアザミである。
今や天を衝くほどの高さになり、道行く人が思わず足を止める存在に育った。
茎は物干し竿ほども太くなり、どんな風にも負けない逞しさである。
けれど、アザミはアザミだ。
百合やダリアに化けてくれるわけではない。
まして薔薇になるはずもない。

後ろではクレマチスの切り戻しをしたいのに、前面のアザミが棘の手を広げて近寄ることさえ許してくれない。
長く観察していて、ようやくアザミの咲き方の癖が分かってきた。
分岐した先に花芽を付け、まず中心の一輪が咲く。
その花が枯れてから、周囲の花が順番に咲き始めるのである。
どうやら一斉に咲く気など、さらさら無いらしい。
しかし、この棘を恐れず近づくものがいる。
蝶である。
花の芯に顔をうずめて蜜を吸っている。
大きなアゲハも来るし、モンシロチョウもやって来る。
慌ててカメラを向けると、分かるはずもないのに飛び去ってしまう。
アザミと蝶の関係は、まるで共同体のように見える。
蝶たちはアザミを頼り、
アザミは蝶たちを受け入れている。
その光景を眺めていると、悪い気はしない。
そこにあるのは、ただ穏やかな日常である。
多分、アザミはまだひと月はここに居座るだろう。
蝶たちは歓迎しているようだし、
道行く人も足を止める。
アザミは案外、平和のシンボルなのかもしれない。
しかし、困った。
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