アザミには知恵がある

植えた覚えもないのに、我が家のメインガーデンに巨大なアザミがどっしりと腰を据えた。
「ジャックと豆の木」ではあるまいが、
あれよあれよという間に、どんどん大きくなった。

もう少し小さい時なら、切るという選択もあった。
けれど、
「これは特別なアザミではなかろうか」
と思ってしまったのである。
そうでなければ、こんな場所に植えるはずもない。
いや、そもそも植えた覚えもないのだけれど。
全身を鋭い棘で武装した花だけに、容易には近寄れない。
そして待つことしばし。
やっと一輪、花が咲いた。
――普通のアザミである。
拍子抜けしたような、少しがっかりしたような気持ちになった。
けれど、
「全部の蕾が一斉に咲けば、それは見事かもしれない」
と思うと、やはり切れなかった。

その後、また一輪咲いた。
しかし、次の花が咲く頃には、前の花は枯れている。
そしてまた一輪。
これは、ふざけているのか。
それとも、アザミとはこういう咲き方なのか。
もう分からない。
毎日庭に出るたびに、
「この花が終わったら、思い切って切ろう」と思う。
けれど、そんな話をしたのが裏目に出たのかもしれない。
アザミには、耳と知恵があるのではないかと思えて来た。
お願いだから、一緒に咲いて――
そんなこちらの心の裏側まで、しっかり読まれているようなのである。
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