行く場所がある、ということ

旅先からどんなに遅く帰っても、翌朝には出掛ける場所がある。
それが今の私にとっての、カーブスだ。
気がつくと、いそいそと足が向いている。
自分でも少し不思議に思うくらいだ。

たった三十分。
それでも、私の体を起こすには、カーブスがいちばん合っているみたいだ。
マシーンを動かし始めると、固まっていた体がゆっくりほどけていく。
そして気がつくと、ちゃんと“やる気スイッチ”が入っている。

「こんなに自分に合っていたかしら?」
そんな気持ちは今でも少しあるけれど、日常へ戻るリズムは、ここで整っていく。

特別なことがない限り、午前十時にはマシーンの上。
同じ時間に通ううちに、自然と顔なじみが増えた。

馴染みの顔、馴染みの場所、使い慣れたマシーン。
今では、この時間がすっかり私の一部になっている。

きっかけがなければ、一歩も外に出ずに一日が終わることもある。
だからこそ、ここは自分に気合を入れる場所でもあるし、
若い人に交じって、ふっと年齢を忘れられる場所でもある。

「行くところがある」
「声をかけてくれる人がいる」

たったそれだけのことなのに、これが思っている以上に大きい。
今の私を支えてくれている、確かな柱だと思う。

ジムが自宅の近くに移ってから、さらに顔見知りが増えた。
「久しぶり」「元気?」
そんな短いやり取りだけで、心がふっと軽くなる。

同世代の人たちは、それぞれに介護を抱えていたりする。
ここは、そんな日常から三十分だけ離れられる場所でもあるのかもしれない。

運動のために始めたはずなのに、
いつの間にか「大切な毎日の出掛け先」になっていた。

運動が好きじゃなくてもいい。
頑張れない日があってもいい。

外に出て、人の中に身を置く。
それだけで、十分なんだと思う。

きっと私は、ここに通っていなければ、今の元気はなかった。
体力だけじゃない、目には見えないものを、私はここでもらっている。

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