アザミに情が移る

慌ただしく過ぎる毎日の中で、庭のアザミのことを忘れていた。
久しぶりに眺めると、アザミはすっかり庭の主役になっていた。
もうすぐ二階まで届くのではないかと思うほど勢いよく伸び、鋭い棘は相変わらず凶器のようである。

中心から咲き始めた花は、その周りへ、さらにその外側へと咲き進み、今ではかなりの数の花をつけている。
よく見ると、その花の周りには、さらに小さな花芽まで育っていた。
アザミは一体いつまで咲き続けるのだろう。
この様子では、秋まで居座るつもりなのかもしれない。

そういえば、こんなアザミは我が家だけなのだろうか。
気になって調べてみると、どうやらこれは「アメリカオニアザミ」と呼ばれる外来種で、「史上最悪の雑草」とまで書かれていた。
確かに、その逞しさを見れば納得である。
しかも、タンポポのように種を飛ばして、あちらこちらへ増えていくらしい。
それは、さすがに困る。
けれど、ここまで毎日のように眺めてきたアザミである。
気が付けば、まるで家族のような情が移ってしまった。
「はい、今日で終わり。」
と、簡単には切れないのである。
まずは家族会議である。
種が飛ぶ前に切るべきか。
もう少し花を楽しむべきか。
植えた覚えは、本当にない。
何かに紛れて、我が家へやって来たのだろう。
ふいに、「アザミの歌」を思い出した。
山には山の愁いあり、海には海の哀しみや、まして心の花園に、咲きしあざみの花ならば
高嶺の百合のそれよりも、秘めたる夢をひとすじに、くれない燃ゆるその姿、あざみに深きわが想い
愛しき花よいざあざみ、心の花よいざあざみ、宿命の径は果てなくも、香れよせめてわが胸に
それにしても……
今年の庭は、最後までアザミに振り回されそうである。
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