一脚の椅子

「元気なうちに身辺整理をしておきましょう」
そんな雑誌の記事を、この頃よく見かける。
なるほどとは思いながらも、他人事のように読み流してきた。
けれど最近、急に片付けを始めている。
きっかけは友人のM子だった。
将来を見据え、大きな家を手放し、マンションへ移ることになったのである。
どれほど物が増えても綺麗に収まる、大きな収納のある家だった。
その家の家具や什器を、彼女は驚くほど潔く整理し始めた。
以前から私が見惚れていた玄関のギャッベまで、
「マンションの玄関には大き過ぎるから、要りませんか」
と声を掛けてくれた。
有難い申し出に、気が変わらないうちにと、早々に頂いて来た。
その潔さを見ているうちに、私のお尻にも火が付いたのである。
片付けを始めると、思い出が次々に出て来る。
けれど、その度に彼女の言葉を思い出した。
「もう十分楽しませてもらったから」
その言葉を境に、考え込むのをやめた。
瞬間的に、
「要る」「要らない」
を決めると、案外片付けは進む。
庭のコニファーを切る決心をしたのも、その流れの一つだった。
けれど、どうしても手放せない物もある。
居間で二十年間、私が座り続けた椅子である。
腰を支えるクッションは、もう役目を果たしていない。
肘掛けの塗装も剥げている。

それでも私は、この椅子を修理して、最後まで一緒に過ごす相棒にしようと決めた。
片付けを始めて、一番大きかったのは、
大袈裟に言えば、自分の人生の先を少し考えられるようになったことかもしれない。
今、その椅子は修理のため居間にない。
妙に寂しい。
椅子の下へ潜り込むのが好きだった「きなこ」も、座る場所がなくなって、きょとんとしている。
思えば私は、
あの一脚の椅子に、
体だけではなく、
長い時間や気持ちまでも預けていたのかもしれない。
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