静かな客席、それでも続く落語会――第50回しがらくご」

第50回 しがらくご が、 浜大津スカイプラザ で開催された。
年末から告知されていた通り、今月から木戸銭が一人500円値上げとなった。
その影響が客足にどう出るのか、少し気にしながら会場へ向かった。
入口では、 桂二乗 さんと 桂そうば さんが、どこか手持ち無沙汰な様子で受付に座っていた。
妙に静かな空気が気になった。
客席へ入ると、座席はまばらだった。
これでは演者もなかなか元気が出ないだろう。
それでも、この会は今回で50回を数える。四人の落語家たちは辛抱強いのか、それとも、ある種の覚悟を持って続けているのか――そんなことを考えた。
この日、最初に高座へ上がったのは 桂紅雀 さんだった。
出囃子も威勢よく、高座へ座るなり、口角泡を飛ばしてトランプ大統領の中国訪問について語り始めた。
思ったことをそのまま口にする語りが可笑しく、客席も笑いに包まれた。
十分に場が温まったところで羽織を脱ぎ、本題へ入る。
ところが演目表には「平林」と書かれているのに、始まったのはどう考えても「湯屋番」である。
「あれ?」と思っているうちに話はどんどん進み、結局そのままオチまで走り切ってしまった。
湯屋の番台に座った若旦那が妄想に耽り、一人芝居を始める。
男湯の客たちは、その芝居に見入ってしまう。
さて帰ろうとすると、自分の下駄がない。
そこで若旦那が、「順々にはかせて、一番しまいは裸足で帰します」
と言うのがオチなのだが、私はここで少し引っかかってしまう。
順番に下駄を履かせていき、最後に残った人は裸足で帰る(湯屋-裸足)という乱暴な理屈なのだろう。
けれど、私にはどうにも解決策に思えない。
こういうところに、落語の世界へどっぷり入り切れない、自分の現実感覚が残っているのかもしれない。
この日のトリは、二乗さんの「天神山」だった。
裏の天神山へ参詣した男が、山の主である狐と縁を結ぶ。
子どもまで授かるが、やがて狐の正体が近所に知られ、狐は夫と子を残して去ってしまう。
去り際、狐は障子に歌を書き残す。
恋しくば
たずね来てみよ 南なる
天神山の 森の奥まで
男は子どもの手を引き、天神山へ向かって歩き出す。
不思議なことに、この噺を聴くとほろりとしてしまう。
実在する大阪の地名「天神山」を織り込みながら、人と異界の存在との切ない別れが描かれている。
滑稽話の中に、ふと寂しさや情が立ち上がるところが、落語の面白さなのだろう。
もっとも、これだけ客席が閑散としていると、演者たちも本来の力を出し切るのは難しいに違いない。
けれど、今日この会場へ足を運んだ人たちは、本当に落語が好きな人たちなのだと思う。
だからこそ、この会にはもう少し頑張って続いてほしい。
そんなことを思いながら会場を後にした。
次回のお知らせ

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